スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

教養あるいは貧弱な坊やについて

文化人は私のことを“頭が貧弱な坊や”と馬鹿にした
私は岩波文庫を読むことにした
効果は短期間で現れ、満足できるものであった
今ではだれでもが私を立派な教養ある男性としてみてくれる


ブルワーカー

テーマ : 雑記
ジャンル : 学問・文化・芸術

バンクーバーオリンピック:日本のメダル獲得数は歴代3位

・メダルが少ないと感じるのは錯覚

 どうして日本はメダルが取れないのかと悲憤慷慨している日本人が多いようです。しかしメダル5個はけっして少ない数字ではありません。リレハンメルに並んで歴代3位の記録です。日本としては普通どころかよく頑張っています。

 下の表を見ればわかりますが、日本は過去の冬季オリンピックでたいしてメダルは取っていません。長野大会だけ突出して多くのメダルを取っています。その時の印象が強すぎるのと、最近の韓国の台頭により、どうして日本はメダル獲得が少ないのだろうと疑問に思う人が増えているようです。


   ■冬季オリンピックにおける日本の獲得メダル数■

開催年   開催地   メダル数   金メダル数
1960年 スコーバレー    0        0
1964年 インスブルック   0        0
1968年 グルノーブル    0        0
1972年 札幌        3         1
1976年 インスブルック   0        0
1980年 レークブラッシッド 1        0
1984年 サラエボ      1        0
1988年 カルガリー     1        0
1992年 アルベールビル   7        1
1994年 リレハンメル    5        1
1998年 長野       10        5
2002年 ソルトレークシティ 2         0
2006年 トリノ       1        1
2010年 バンクーバー     5        0


冬季オリンピックにおける日本のメダル数(金銀銅メダル)


テーマ : バンクーバー冬季オリンピック
ジャンル : スポーツ

八天堂のくりーむぱんが後をひく理由

 TBSの「はなまるマーケット」の「おめざ」で一位になった八天堂のくりーむぱんを品川駅で売っています。本店は広島にあって、ここのは期間限定の特別店舗のようです。

 昨日の夕方に買ってきて、さきほど食べてみました。

 種類は、 カスタード、生クリーム、チョコ、抹茶、小倉の5種類。私は抹茶以外をすこしずつ食べました。抹茶を家人に食べられてしまいました。小さな目サイズで皮が薄め、中のクリームはたっぷり。購入時に冷蔵庫で冷やすように言われたので、冷たいまま食べました。

 食感はいいですね。パン生地もよい。上品な味。甘さは抑えめというより抑えすぎている感じ。どんどん食べられるのはいいのですが、甘くないので物足りなさがあります。そこがもっと食べたくなる原因か。砂糖の分量が少ないのでカロリーも少ないと思わせて、油断させる作戦かもしれません。なるほど、はまる人ははまるでしょう、という感じ。

 一個200円は高い印象ですが、パンというより実質ケーキですし、クリームの量からすると妥当でしょうか。

 まさかの食い物ネタでスミマセン。


JR品川駅構内特設売場

JR「品川駅」改札内 京急乗換口そば

10/01(木)~3/31(水)10:00-21:00

くりーむパン・八天ロール

テーマ : パン
ジャンル : グルメ

大学の供給過剰がまねく学力デフレ その2

 大学の淘汰を促すには適切な競争が起こることが必要です。適切な競争とは、大学間の競争だけではなく、大学と専門学校などの職業学校との間での本来の機能を志向した競争です。つまりどちらの選択肢が学生にとって有利であるかを明確にすることで大学の淘汰が進むことを期待するわけです。

 たとえばデパートの淘汰を考えてみましょう。デパートの淘汰はデパート間の競争の結果というよりはデパートの顧客が量販店や低価格衣料店に流れた結果として起こりました。消費者のニーズの変化に応える量販店や低価格衣料店との競争に負けて、デパートは多くの店舗を閉店せざるを得ませんでした。しかし、これは価格競争で負けたというよりも、高級志向と低価格志向との顧客の分離の結果起こったことです。

 大学も同様に職業学校とは違う機能を果たしながら学生を振り分けることで淘汰されるべきです。大学は学問の府であり職業学校は職業教育の府です。それぞれに入学する学生は本来別の志向を持っているはずです。大学は大学にふさわしい学生のみを入学させ、大学の機能を果たしつつ淘汰されるのがその向かうべき道です。

 こうした競争が進むためには、第一に職業学校の卒業生を企業が進んで採用する必要があります。そうしなければ、学生が職業学校を選ぶメリットがありません。第二に、大学に行っても投資効果がないこと場合があることを学生側が認識することです。第三に、すぐれた職業訓練を行う職業学校が増えることです。

 そのためには企業が現実を冷静に分析し、名ばかり大学生を採用することのデメリットをはっきり知ることが重要です。大学の講義を受けるには能力が不足する学生が4年間を大学で無駄に過ごした後に企業に入ることと、職業訓練をみっちり受けが学生が企業に入ることのどちらがその企業にとってよいことなのか、底辺大学の学生を採用している企業はよく理解すべきでしょう。

 それに応じて学生やその親の認識は自然に変わります。大学に行っても就職ができない、正社員になれないのであれば、無駄な投資を控えるようになります。時間とお金を費やしてもほとんどリターンのない大学ならば、いずれ入学者はいなくなるはずです。

 すぐれた職業学校を増やすにはそれなりのてこ入れが必要です。簿記やコンピュータなどの専門知識を教える学校はありますが、もう少し汎用性のある職業訓練がおこなわれる必要があります。

 Benesse教育研究開発センターが企業の採用担当責任者を対象に「社員採用時の学力評価に関する調査」を行いました。

 企業が採用時に評価するさまざまな能力要素を重視度の高いものから順に並べると次のようになります。
(1)「社会人としての常識・マナー」
(2)「チームワーク力」
(3)「自己管理力」
(4)「問題解決力」
(5)「リーダーシップ力」

 こうした能力は大学でないと身につけられないものではありません。むしろ大学ではこのような教育はしていません。職業学校でこそ仕事に必要とされているこれらの能力開発に力をいれるべきです。

 職業学校は特定科目に専念するあまり、学生のポテンシャルを高めることができないでいました。企業は即戦力よりも潜在力のあるポテンシャルの高い学生を欲することが上記アンケートでわかっています。

 そろそろ職業学校の再検討をすべき時期に来ているのではないでしょうか。

 専門学校等が変わるためにはカリキュラム変更が必要です。カリキュラムを変えるには行政が示す専門学校のカリキュラム規定の変更が必要になります。

 その結果、企業が望む人材を職業学校が排出できれば、企業は職業学校からより多くの人材を採用するようになり、大学と職業学校の間に適切な競争が起きて、棲み分けが進み、大学は淘汰されることになります。結果、大学は大学教育にふさわしい人材だけを入学させて大学の機能を果たして行くことが可能となります。

テーマ : 専門学校
ジャンル : 学校・教育

大学の供給過剰がまねく学力デフレ その1

 西日本新聞のWebの記事が面白いです。推薦とAO入試により大学入学者の質の低下が加速されているという内容でした。

【連載】入試と学力<5>大学編 学生の質と数、確保に苦心 推薦・AO 見直し課題に(2010年2月9日掲載)

 記事では入試方法の見直しが課題だといっていますが、推薦とAO入試の枠を減らしたとしてもそれで解決とはならないでしょう。

 『学力低下は錯覚である』(神永正博)によれば、「今と昔の大学入試の偏差値を換算してみると、今の偏差値50は15年前の偏差値42に相当する」といいます。つまり「偏差値42の学生が「ふつう」の大学生になっていることで、学力低下しているように見える」というのです。早い話が大学に行くレベルではない人が大学に行っているだけで、学力低下の問題ではないということです。(ただし、学力低下があることを示した実証研究も出ています)

 だからとって大学に行くレベルの学力を身につけさせればいいだろうというのも非現実的です。なにしろ勉強をしなくても入学できるのですから。

 需要と供給の関係で説明するとこうなります。入学希望者という需要の不足、募集人数の多さという供給の過剰があります。大学側は安売り=入試レベルの引き下げという策にでます。学生側には競争原理が働かないため学力向上への努力がみられません。その結果が学生の学力低下という学力デフレとなります。大学側が学生数を増やそうとする対策、たとえば推薦枠の増加やAO入試、受験科目の縮小などはすべてこの学力デフレを加速します。

 まとめるとこうなります。

 1.大学進学率上昇により低学力の学生まで大学に行くようになったこと。
 2.大学の供給過剰による学生の競争原理低下。
 3.大学の供給過剰による大学の入試レベルの引き下げ。

 この問題を解決するには大学数を減らすのが最も合理的です。需要の喚起をして入学者を増やす対策は状況を悪化させるだけです。子どもの数が急に増えることはないのですから、理由1により、低学力の学生を呼びこむことになります。ますます質の悪い学生を増やすだけです。

 大学側が募集人数を減らすという方法も理屈の上ではありますが、大学自身があえて経営を苦しくする選択はしないでしょう。現実的ではありません。

 問題は大学数の減少をどうやって実現するかです。

 行政がなんらかの手段で大学を減らすのか、市場の選択により淘汰されるのか、いずれかではないでしょうか。

 公立大学の独立法人化という動きを見ているとおそらく、行政も市場の選択を期待しているのではないかという気がします。さすがに行政が直接的に大学をつぶしにくるとは思えません。市場原理による淘汰がもっとも合理的でしょう。

 では、大学がつぶれるのをただ黙って見ていればいいのでしょうか。それで淘汰が進むのでしょうか。

 つづく。

学力低下は錯覚である

学力低下は錯覚である
調査報告「学力低下」の実態 (岩波ブックレット) 学力低下論争 (ちくま新書) 不透明な時代を見抜く「統計思考力」 名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉 (光文社新書) 未来思考 10年先を読む「統計力」
by G-Tools

テーマ : 大学受験
ジャンル : 学校・教育

プロフィール

Cozy

Author:Cozy
情報処理系講師、フリーライター。減速生活者にしてB級遊民。

Twitterはcozyoffです。
TwilogはCozy(@cozyoff)です。

当ブログへのリンクはご自由に。

名言集および格言集
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。