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スローライフはエコロジー志向

 一方、ヨーロッパではスローライフが流行っているようです。

 直訳すれば、「ゆっくりした生活」です。地域の産物を地域で消費し、自動車に頼らずに歩行を重視する社会を目指す生活様式を意味します。反グローバル化、エコロジー志向が思想的に含まれているのが特徴です。生活様式がそのまま思想の実践といった趣があります。

 そもそもスローライフはスローフードという言葉から派生しています。マクドナルドのようなファストフードは、効率的に育てられた画一的な食材を短時間で料理して素早く食べます。たいして、スローフードは、地元で採れる地域特有の食材を手作りで作り、ゆっくり食事するものです。

 イタリアで発生したスローフードが世界に広まり、特に日本ではおしゃれなライフスタイルといった意味も込めたスローライフという言葉で流行しました。

 有機野菜を使った外食がスローフードとして宣伝されていたり、ヨーロッパカントリー風の木製インテリアがスローライフとして紹介されていたりと、扱い方はたいがいスタイリッシュで商業的です。

 テレビや書籍では、都会でのサラリーマン生活をすてて、田舎暮らしをしている人がよく取り上げられています。田舎暮らし=スローライフというわけでもないのに、地方の物件をスローライフという名目で販売する不動産会社も増えてきました。それに呼応するように、地方都市がスローライフを宣言しています。キャッチコピーとしてはいささか手垢がついてきた印象です。

 私が考えるB級遊民はスローライフに一部は重なりますが、反グローバル化、エコロジー志向という思想性は皆無です。少なくとも私には本気で取り組もうという意図はありません。

 文明の利器も大好きです。自由な時間はたくさん欲しくても、なんでもゆっくりやろうというほどのこだわりはありません。冷凍食品もマクドナルドもまったく否定する気はありません。自由な時間を捻出するためには何でもありです。電子レンジも洗濯機もけっこうじゃありませんか。

 それにB級遊民というネーミングからして、おしゃれでキャッチーな使われ方をすることはありえないでしょう。

テーマ : スローライフ
ジャンル : ライフ

減速して生きる人たち

 アメリカにダウンシフターと呼ばれる人たちが増えています。

 ダウンシフターとは、ジュリエット・B・ショア教授の著書『浪費するアメリカ人』の中で言及された新しいライフスタイルを目指す人々のことです。「収入や支出を減らしても、ゆとりのある生活を選択する人」と定義できます。それまでの生活ではトップギアでがむしゃらに働いていてけれど、そんな生活はもうごめんだと自らセカンドあたりに減速して生活する人たちです。

 日本語では「減速生活者」。「降りる人」と訳している例も見たことがありますが、社会を降りることでやっと実現するライフスタイルという意味では、見事な意訳です。

 ジュリエット・B・ショア教授はこのように書きます。

「一九九〇年から一九九六年にかけての数年間に、アメリカの成人のほぼ五分の一(一九%)が自発的にライフスタイルを変え、収入が減るにもかかわらず正規の定年まで働く可能性を断ち切った。こうした人びとの半分以上、すなわち五五%は自分たちのライフスタイルの転換を恒久的なものだと考えている。そして、そのうちの大半(八五%)は自分たちの転換に満足している。意外なことに、減速生活者はとくに女性とは限らない。また、とても裕福とはいえない。そうした人びとのほぼ半分は、ライフスタイルを変える前の収入は三万五〇〇〇ドル〔約五六〇万円〕以下であった。」

 金持ちがもう十分稼いだから減速しようと考えているわけではありません。さほど収入が多くない層が減速しています。それほど働き過ぎのライフスタイルは生活を破壊すると考えられているのです。

 彼らはワークライフバランス(仕事と生活のバランス)を重視します。ダウンシフターが減速して得た「ゆとり」は自由な時間です。その自由な時間で人との交流、家族とのふれあい、自分の趣味を楽しむわけです。

 残念ながらというべきか、ダウンシフターという言葉は日本ではあまり知られていません。シフトダウンはそもそも自動車用語です。減速という邦訳も自動車のギアチェンジをまっさき想像させるので、交通規則を遵守してスピード違反をしない人と誤解されそうです。そのあたりに流行らない理由があるのかもしれません。

 言葉は流行っていないけれど、同じような価値観を持つ人は日本にも少なからずいるようです。
 2003年度労調協共同調査「若者はいま-新しいライフスタイルを求めて」は『収入と支出の双方を落としてでも自分らしい生活をしたいという、いわゆる「ダウンシフター」も5人に一人いる』と報告しています。

 この調査は34歳以下で都市部に住む大企業で働く高学歴層のホワイトカラー層を対象にしていますから、さきほど指摘した勤勉主義、労働至上主義の中で働いている若者たちです。約2割もの若者がそういう生活を望んでいます。少数派ではありますが、ひとつの勢力といっていいほどの数字です。

 しかし、彼らが実際にそのような生活を選択するかはどうかはわかりません。彼らはダウンシフターなのではなく、あくまでも願望を述べただけです。なにしろ日本は労働環境における自由度の低い社会ですから、高いリスクを負う覚悟が必要です。

 アメリカにダウンシフターが多くいるのは、住宅費が安く、土地が広いことも幸いしているのかもしれません。

 B級遊民とダウンシフターはある程度は重なります。しかし、B級遊民はトップギアからダウンシフトする人だけが対象ではありません。最初からローギアで生活していてもいいのです。それにB級遊民が自由な時間を欲するのは、遊ぶため、好きなことを追求するため、と考えています。ニュアンスの違いはかなりあります。

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5 会社が求める「24/7」の要求は、アメリカだけの問題ではない。
3 アメリカのホワイトカラーの実態
5 仕事に漂流して。
4 成果主義の正体見たり
3 日本の現状を思い出させる

テーマ : スローライフ
ジャンル : ライフ

だからB級遊民になります

 こうして日本の状況を概観してみると、好きなことをして暮らしたいという願望はどうしようもない甘えに思えてきます。実際、そうかもしれません。

 しかし、こんな社会にあって、のんびりと好きなことを優先させながら生きていく方法はないものかと探るのがこのブログのテーマです。こんなに硬直した勤勉主義、労働至上主義の日本にあって、そんな生き方を追求する人がいてもいいんじゃないでしょうか。

 生活に必要なだけ働いて、あとは好きなことをして生きていく。そんな生き方をする人をB級遊民とネーミングしたいと思います。

 もちろんB級遊民は夏目漱石の『それから』に描かれた高等遊民をもじったネーミングです。お金があるので働かないのが、明治時代に発生した高等遊民だとすれば、お金を稼ぎながらも好きなことを優先して暮らすのがB級遊民です。

 遊民というとネガティブな印象を与えるかもしれませんが、「遊」の字に積極的、肯定的な意味を含ませて、あえてそう呼びたいと思います。

 漢字学者の白川静は『遊字論』に「遊ぶものは神である。神のみが遊ぶことができた。遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。神とともにというよりも、神によりてというべきかも知れない」(『文字逍遙』平凡社)と書きました。B級遊民が神がかった存在だとはいいませんが、「遊」の復権がそろそろあってもいいでしょう。

 B級遊民と呼べる人たちが実際に何人いるかはわかりません。私としては、のんびりと好きなことをして生きてもいいじゃないか、そんな生き方だってあるんだよ、と提案をしたいのです。かなりわがままな生き方をしてもいいじゃないかといいたいのです。いわばB級遊民のススメです。

それからそれから (岩波文庫)白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい


文字逍遥 (平凡社ライブラリー)
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寄り道ができない社会

 日本の生産性の高さからいえば、好きなことをして暮らすなんて簡単に実現できそうなのに、実際はむずかしいのが現実です。必要なだけ働いて、後は好きに暮らしたいと思っても、ほどよい労働時間の仕事を選ぶという選択肢がありません。

 今の日本には正規雇用の範囲で労働時間を自由に選べる会社はほとんどありません。フルに働くのでなければ、アルバイトやパートでの労働を選ぶことになります。ところがこの非正規雇用は労働条件とても悪いのです。各種保証はなく、低賃金、さらにいつ首を切られるかわからない不安定な身分です。

 それならば自分でいろいろな可能性を試してみればいいだろうという意見もあるでしょう。しかし、一度道を外れた人間に日本の企業はとても冷たいのです。失敗をしてもまた正規雇用で就職ができるならチャレンジもできますが、失敗が許されないことが大きなプレッシャーになっています。

 学校卒業から現在までの経歴に空白があるのは大きなマイナスです。とりわけ正社員の経験のない者は採用場面で大きなハンディを背負います。

 日本企業の多くは新卒一括採用をしています。高校や大学を3月に卒業して、4月に企業に入社して仕事を開始します。このコースから外れることは基本的にできません。新卒採用で就職できない人は、経歴に空白ができます。一度そうなると、本来の採用予定枠に入れてもらえません。そして、新卒採用から漏れてしまうと、なかなか正規のルートに戻ることは許されないのです。
学校を卒業したらしばらく好きなことをする時間を作りたいとか、自分探しの旅に出たいなんて希望は受け入れてもらえないのが、日本の雇用の常識です。

 就職氷河期で新卒採用されたかった多くの人たちが今でもフリーターをしています。彼らが就職しようとしたとき、たまたま企業の採用が減っていただけです。運が悪いだけなのですが、新卒でフリーターをはじめてしまうと、なかなか正社員にはなれません。

 何か失敗があるような人間も企業は採用したがりません。アメリカでは起業して失敗してもそれを肯定的に評価しますが、日本では起業して失敗すれば、「会社をつぶしたやつ」とネガティブに部に評価します。これでは怖くて自分を試すことができません。

 中高年にとって転職は危険な賭となっています。よっぽど能力がある人は別として、中高年でリストラでもされれば、なかなか仕事は見つかりません。よしんば見つかったとしても、年収はがくんと落ちます。アメリカのように転職によってどんどん条件をよくしていける人は少ないのです。

 実際に35歳から59歳までの男性の中高年の非正規雇用者はかなり増えています。1997年の68万8千人から2002年の116万4千百人へと、1.7倍に急増しました。中高年が一度離職してしまうと、正規雇用に戻るのは困難です。

 失業者を対象にした教育にも私は携わっていますが、ここでもやはり年齢差別の問題を実感します。若い人に比べて中高年は圧倒的に仕事を見つけにくいのは間違いないことです。おおかたの中高年にとって転職は生活の危機を意味します。

ルポ正社員になりたい―娘・息子の悲惨な職場
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ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る (宝島社新書)
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こんなにつらい労働

 企業は利益をあげるために経費を抑えようとします。それには人件費を下げることが一番簡単です。正社員(正規雇用の従業員)をぎりぎりまで減らして、同じ量の仕事を少ない正社員にやらせます。残業、休日出勤。多くの企業では違法であるにもかかわらずいまだにサービス残業が行われています。

 サービス残業への風当たりが強くなれば、たいして権限もないままに課長に昇格させて、「名ばかり管理職」にして、残業代を払わずに長時間勤務に当たらせます。管理職は本来、自分で出退勤を管理できるかわりに、残業代が支払われません。しかし、「名ばかり管理職」は実際には権限も裁量もありません。人手不足で人員を増やせない中、管理職であるという建前上責任を感じ、自らが長時間働かなければならない立場に追い込まれます。

 NHKの調べでは自分が「名ばかり管理職」であると感じている管理職は五七%もいます。恐るべき数字です。

 正社員では足りない部分や取り替え可能である仕事は派遣社員や契約社員、アルバイトやパートなどの非正規雇用の労働者が補足します。彼らは賃金が不当に安く、保険もほとんどない状態です。しかも仕事量に合わせて調達される臨時の人員なので、いつ仕事を失うかもわかりません。とても不安な気持ちで生きています。

 他人との競争の中にあって自分だけがのんびり生きることはできません。のんびり生きる社員はリストラ候補です。会社の中の競争に負けてしまいます。そのため人間関係もむずかしくなりました。のんびりと働いていたのでは、自分が会社の中での地位が危うくなるだけではありません。会社が他社との競争に負けてしまいます。そして外国にも。「絶対に負けられない戦いがそこにある」とみんなが思っているかのようです。

 ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』でアリスは丘の上の国にたどりつき、そこがチェス盤になっていることに気づきます。自分もこの試合に参加して、女王になりたいと口にすると、その国を支配している赤の女王は、「おまえは白の女王の歩兵(ポーン)におなり。二マス目から八マス目にいけば、おまえも女王(クイーン)になれる」といって、アリスを連れて走ります。

 アリスはこれ以上速くは走れないほど走ります。アリスは疲れ切って、へとへとになって一休みします。しかし、まわりの景色は何も変わらず、ずっと同じ場所にいたかのようです。不思議がるアリスに赤の女王はこういいます。「この国では同じ場所にいるためには、力の限り走らなければならないのさ。どこか他のところへ行きたいのなら、少なくともその二倍の速さで走らなければならないのさ」。

 寓話の意味に明らかです。今の地位と仕事を失いたくなければ、一所懸命働け、それ以上を望むなら、人一倍働け、ということです。

  プライベートな時間も仕事のために使われます。「癒し」を必要とするほど疲れています。仕事で疲れた心身を癒し、疲労を回復し、次の仕事に備えます。さまざまな楽しみは仕事からの気分転換のためです。リフレッシュして仕事に備えることが目的です。

 それも度を超してはいけません。長期間の休日などもってのほか。リラックスタイムを何日も持つことは許されません。それよりも自己啓発が大切です。家にいる間に仕事のために自分を高めなければなりません。

 こんな会社のありかたについていけずに会社を辞める人がたくさんいます。若い社員の異常に高い離職率はその反映でしょう。入社3年目までに離職する者が高卒で約5割、短大卒で約4割、大卒で約3割もいます。

 厚生労働省の「平成14年労働者健康状況調査」によれば、自分の仕事や職業生活に関して「強い不安、悩み、ストレスがある」とする労働者は61.5%となっています。男女別にみると、男(63.8%)の方が女(57.7%)より高くなっています。5人に3人が強い不安やストレスを抱えている労働環境は異常です。

 その理由は複合的です。「職場の人間関係の問題」が35.1%ともっとも高く、次いで「仕事の量の問題」が32.3%。さらに「仕事の質の問題」30.4%、「会社の将来性の問題」29.1%、「仕事への適正の問題」20.0%と続きます。

 「上司や同僚との人間関係に苦しんで、長時間労働で疲れているのに、むずかしいきつい仕事をさせられている。会社はいつつぶれるかわからないし、今の仕事も自分に向いていない」これではストレスがたまるのは当然でしょう。仕事を始めたばかりの若者が辞めていくのも理解できます。

鏡の国のアリス (偕成社文庫 2065)
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若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)
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プロフィール

Author:Cozy
情報処理系講師、フリーライター。減速生活者にしてB級遊民。

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