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『徒然草』と『アリよさらば』

徒然草 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
角川書店
4043574088


 「人間が、この都に集まって、蟻のように、東西南北にあくせく走り回っている。その中には、地位の高い人や低い人、年老いた人や若い人が混じっている。それぞれ、働きに行く所があり、帰る家がある。帰れば、夜寝て、朝起きて、また仕事に出る。このようにあくせくと働いて、いったい何が目的なのか。要するに、おのれの生命に執着し、利益を追い求めて、とどまることがないのだ。」(第七十四段)

 都市は人間の富の集積する場所です。そこに集まる人は利を求めてやってきます。そして、アリのように働きに働いています。アリは幸せになるためだと思っているのかもしれませんが、それは幻想にすぎません。

 徒然草のこの段を読んだとき、矢沢永吉の「アリよさらば」を思い出しました。あらため歌を聴くと歌詞がそっくりなことに驚きました。作詞の秋元康は徒然草をヒントにこの歌詞を書いたのではないでしょうか。

   人の群れが
   運んでいる”Happiness”
   ちっぽけな角砂糖を
   探している蟻のようさ

   Why?なぜに…
   教えてくれ
      (『アリよさらば』作詞:秋元康、作曲:矢沢永吉)

 ちなみにこの歌は、TBSのテレビドラマ「アリよさらば」の主題歌でした。矢沢永吉が代行の高校教師役(数学?)で登場して話題になりました。私は見ていませんでしたが、たまたま番組のエンディングを見ていたら、矢沢自身がピアノの弾き語りで「いつの日か」を歌っていました。歌がうますぎて、学校の先生ってレベルじゃなかったです。

 余談を終わります。

 「このように、利己と保身に明け暮れて、何を期待しようというのか。何も期待できやしない。待ち受けているのは、ただ老いと死の二つだけである。これらは、一瞬もとまらぬ速さでやってくるそれを待つ間、人生に何の楽しみがあろうか。何もありはしない。」(第七十四段)

 仏教では、瞬間瞬間にあらゆるものが変化すると教えています。自分の心もその対象となる世界もすべて生じては滅しています。諸行無常です。そして、人生の先には老いと死があります。そして、ほとんども場合、病もあるはずです。

 「人生に何の楽しみがあろうか。何もありはしない」。この部分はなかなか理解しにくいところです。

 人生をよく観察すれば、楽しみなどほんの一瞬であることがわかります。ある苦しみから抜け出たときに、ああよかったとほっとするときに喜びはあります。欲しかったものを手に入れて、嬉しいこともあります。しかし、それは長続きするものではありません。すぐに別の苦しみに捉えられてしまいます。基本的には、人間はただある苦しみから別の苦しみに移っているだけです。

 なにかの快楽に捉われることもあります。その快楽を持続させようとし、また快楽を何度も手に入れようとしていると、今度は依存症という心の病気になってしまいます。依存症は快に捉われ、渇望し求める苦しみの世界です。

 そんなことをしながら、人はただ老いていくのです。矢沢永吉は「行き先も知らないまま行列は老いるだろう」と歌っています。そして「人は生まれ いつかまた死んでく」のです。
 
 (この項つづく)

E.Y 90’s
矢沢永吉
B00005GM1S

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テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

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情報処理系講師、フリーライター。減速生活者にしてB級遊民。

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