スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『方丈記』 鴨長明

方丈記 (講談社学術文庫 459)
安良岡 康作
4061584596


 動乱の中世に生きた鴨長明が中年になって出家し、4畳半ほど(方丈)の小さな庵で書いた随筆が『方丈記』です。

 「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」

 ここには彼の日本的かつ抒情的な無常観がよく現れています。人の世はじつに儚いとの詠嘆と諦観が日本的無常観の本質でしょう。(本来の仏教的無常観はちょっと違います)

 この序のあと、長明は火事、つむじ風、遷都による混乱、飢饉、地震について描きます。こうした災害により簡単に家がなくなったり、人が死んでいくことに深く感じるところがあったようです。

 とりわけ住居にたいする関心が強いのは、彼がもともと大きな家に住んでいたことと関係があるようです。なにしろ方丈の庵は30代で暮らしていた家の100分1の大きさしかないとわざわざ書いていますから。

 彼が出家し、隠遁した理由はこの無常観だけではありませんでした。いくつかの挫折が関係しています。

 鴨長明はなかなかの趣味人でした。和歌と琵琶はいい先生について勉強し、腕前もかなりのものでした。しかし、和歌では定家には評価されずに終わり、琵琶ではつい調子に乗って後鳥羽院より非難されます。これらのことで挫折感を持っていたといわれています。

 禰宜(神職の一種)の家督が継げなかったことも彼の挫折のひとつです。もともと次男として生まれたのですから、それほどの執着があったかどうかは疑問ですが、彼が隠遁するのは禰宜につけるかどうかの騒動の後ですから、直接の引き金になったようです。

 長明は世間の付き合いのわずらわしさに閉口してもいたようです。煩悩の俗世間をいとう文章も書いていますから、隠遁へ向かう気分はもともとあったのかもしれません。

 このようにいくつかの理由から彼は隠遁しました。

 しかし、隠遁といっても、けっしてお金に困っていたわけではありません。彼には荘園からの収入がありました。念仏修行をしたり、琴や琵琶に興じたり、そして執筆活動をしたりとなかなか気ままな生活です。自然と親しむ様子も方丈記には書かれています。

 この時期、長明は『方丈記』のほかに歌論書の『無名抄』、説話の『発心集』を書いています。完全に世に隠れたわけではなく、好きなことをして暮らしたといった感が強く、悲壮感はありません。

 こうした気楽な隠遁生活を淡々と記述したところに『方丈記』の面白さがあります。これがもし、修行一辺倒、世間と完全に没交流であれば、人々の共感を得るのは難しかったでしょう。

 残念なのは、この方丈記があまりに短いことです。とくに後半の隠遁生活を書いた部分をもっと詳しく、できれば日記のように書いてもらえたなら、と思います。

 しかし、無理をいっても仕方ありません。中世にこのような人が生きて、本を残してくれたことに感銘を受けます。私には『方丈記』の存在はとても心強いのです。

4062114720406158459640440310104003010019

方丈記 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス (SP89))
鴨 長明

スポンサーサイト

テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Cozy

Author:Cozy
情報処理系講師、フリーライター。減速生活者にしてB級遊民。

Twitterはcozyoffです。
TwilogはCozy(@cozyoff)です。

当ブログへのリンクはご自由に。

名言集および格言集
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。