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『ギリシア人の教育 教養とはなにか』 徳を育てるのは理系か文系か

ギリシア人の教育―教養とはなにか (岩波新書)
4004301106


 廣川洋一著。

 古代ギリシア哲学における教養のあり方、教授法について書いた本です。当時、同時期に学校を経営していたプラトンとイソクラテスに焦点を当てています。

 人間としての善さ、徳を追求する教養、教育は、結局のところ、政治的な市民としてのあり方にかかわることです。なぜなら職業訓練的専門教育的な教育は私人としてのものにすぎず、市民であるための教養教育は公人としてのものであるからです。

 プラトンとイソクラテスではその教育内容が違っています。簡単に言うとプラトンは理系重視、イソクラテスは文系重視です。

 プラトンの教育プログラムでは、数学的諸学科、音楽・文芸、体育訓練、哲学的問答術などが重視されています。それらにより魂の調和がはかられるとされます。

 一方、イソクラテスの考える教養は「立派に語ること」「立派に思慮すること」の二要素からなり、教育プログラムとしては弁論・修辞術を中心とするものとなっています。しかし、プラトンほど詳しいことはわかっていないのか、それ以外のカリキュラムについては書かれていません。

 イソクラテスは自然哲学や論理学を軽視しているというよりも空理空論と考えて否定的に見ています。それなのに弁論・修辞術を重視するとはどういうことなのか、いささか不信の念を持ちますが、彼は政治的判断である実践知を重視していて、厳密な知を追い求めるのではなく、大方のところ当たっていればいい、という考えのようです。

善く思慮をめぐらせる人びとは、本来われわれ人間はつねに有益であるようなものを見出すことはできないのだから、むしろたいていの場合有益であるという程度のものをこそ、よしとすべきなのだ。


 具体的な内容がわからないとなんとも言えませんが、弁論・修辞術だけで教養と言えるのかかなり疑問です。

 そのせいかどうか、イソクラテスの学校はすぐになくなりますが、プラトンのアカデメイアは紀元前387年から後539年まで存続します。

 面白いのは、キケロを代表とするローマ人の考える教養はプラトンの考える教養とは違って文系に傾いていることです。ローマ人にとっての「人間性にふさわしい学芸」は、文学・修辞学・歴史・哲学などでした。はっきりとイソクラテスの系統にあるといえます。

 このあたりの流れはどうなっているのか興味深いです。戦前の日本の大学などでいわれた教養もおそらくこの系統でしょう。ローマ人の教育という本があれば読んでみたいと思いました。


キケロ―ヨーロッパの知的伝統 (岩波新書) シティズンシップの教育思想 マルクスは生きている (平凡社新書 461) 発声と身体のレッスン―魅力的な「こえ」と「からだ」を作るために
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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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