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「龍馬伝」第2回 龍馬は天翔ける龍である

 龍馬伝は第2回も好調。視聴率は落ちましたが、私は楽しんでます。

 前回苦言を呈した末広涼子がよくなりました。シワが目立たない。化粧の仕方を変えたのでしょうか。写し方もよくなったかもしれません。

 加尾(広末涼子)は龍馬(福山雅治)を好きだったわけですが、龍馬が加尾をどう思っていたのか、わかりませんでした。好意はあったけど、恋というほどではないというあたりでしょうか。

 「わしは人の気持ちが分からない」と自分を責める龍馬。これは大きな伏線です。やがて人の心をつかむのが上手くなるのですから、どこでどう変化するのか楽しみです。

 雨中、ひとりで堤を作り続ける龍馬のところに一度持ち場を離れた農民が戻ってくるシーン。戻ってくる心理の変化を描いていないのは物足りなかったです。ここは泣かせどころになったはずです。

 それにしても父親の坂本八平(児玉清)は優しいですね。剣術の先生を訪ねて龍馬のことを聞いたり、頼まれてもいないのに千葉道場への紹介状を書いたりしたのは、幼い頃に母をなくした龍馬を不憫に思っていたのかもしれません。

 それほどでもないのに、江戸行を許すラストシーンは涙を流してしまいました。最近は涙腺がゆるみすぎです。

 一番印象に残ったのは、龍馬の剣道の先生(日根野弁治)のセリフです。「龍馬は強い。強いけんど足りん。足りんけんど大きい。大きいけんどわからん」

 荘子の有名な鵬の話を思い出しました。

 鯤(こん)という巨大な魚が変身して鳥となります。その名前は鵬(ほう)です。「鵬の背、その幾千里なるを知らず。怒りて飛べば、その翼は垂天の雲のごとし。」

 この大きな鵬のことを小さな蝉と若鳩とが笑います。しかし、荘子はいいます。この二匹の生物は何を知っているのか、と。「小知は大知に及ばず、小年は大年に及ばず。」

 人は自分より大きいものが理解できない。理解できないので、ときに笑ったりする、という例えばなしです。

 偉人はしばしば子ども時代を過ごした地元では偉人と思われないといいます。この頃、龍馬が天翔ける龍であると気づいた人はいたでしょうか。少なくとも剣術の先生だけは龍馬が大きすぎて理解できないことには気づいていました(これは創作ですけどね)。のちに武市半平太も龍馬を高く評価する言葉を残しています。

 有名なのはやはり西郷隆盛のものです。「天下に有志あり、余多く之と交わる。然れども度量の大、龍馬に如くもの、未だかつて之を見ず。龍馬の度量や到底測るべからず」

 大人物の西郷だからこそ龍馬の大きさが理解できたのでしょう。いや、西郷ですら測りしれないというのですから、とてつもなく大きな人間だったのでしょう。


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