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『日本人の戦争 作家の日記を読む』 ドナルド・キーン 戦中、戦後の生々しい感情

日本人の戦争―作家の日記を読む
Donald Keene
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 戦時中の人間がどんな気持ちで過ごしていたのかを以前から知りたいと思っていたので、まさにうってつけの内容でした。ただし、登場するのは小説家たち、しかも彼らは日本国内にいて出兵していないので(ジャーナリストとして派遣されてはいても)、サンプルとしてはかなり偏っています。それでもかなりの面白さ。今年読んだ中でのナンバーワンかもしれません。

 日記が引用されるのは、伊藤整、高見順、山田風太郎、永井荷風が中心です。他にもいろいろな人の日記が登場しますが、ほとんどが彼ら4人の日記から引用です。主役といっていいでしょう。

 伊藤、高見、山田の3人はこの戦争を肯定的に見ていて、日本を応援する言葉を連ねます。戦争が長引くと悲憤と激烈な調子が交錯する文章を綴り始めます。とりわけ強烈なのは山田風太郎で、このときまだ医学生であった山田は狂信的といっていいほどの激しさで日本を賛美し、アメリカを罵倒します。敗戦後も復讐を誓うほどに心情的には皇国の士であり続けます。

 興味深いのは、高見と山田の日記に見られる、最後には日本は勝つ、という信念です。信念というよりは信仰といってもいいでしょう。天皇を現人神と信じ、神国日本の不敗を信じる姿は、今では異様とも言えますが、当時の多くの日本人が姿そのままなのでしょう。

 もちろん大本営の発表や新聞の規制による誤った情報による無知が彼らの信仰を支え続けたのでしょうが、この戦争を継続するには神国日本=日本不敗神話に対する信仰がなければ無理だったに違いありません。

 アメリカの科学文明、物質文明に対して日本の精神力が打ち勝つという構図もしばしば現れます。軍備がお粗末であっても、兵站(補給)が不足しても、精神力があれば勝てるという発想は、日露戦争の無謀な戦いに勝ってしまったことでますます強化されたのでしょう。
 
 そして、戦争を引っ張る力は統帥権ということになるかもしれませんが、その統帥権を振りかざした人たちもまた一種の信仰の中にあったわけです。

 対して荷風は自分ひとりの個人生活以外にはさほど興味がないかのようです。日記には日々の生活の苦労に対する恨み言が多く見られます。偏奇館が東京の空襲で焼け、多くの蔵書を失い、リプトン紅茶も飲めない窮乏生活に突入します。そのことで荷風はアメリカ軍を憎むことはありませんでした。馬鹿な戦争をし、生活の不便を強いる戦争指導者や目障りな特高へ恨みを強めるばかりです。まさに個人主義者にしてエピキュリアンとしての面目躍如です。

 本書は日記の引用だけで構成されているのではありません。当時の状況をキーンが解説をしています。作家たちの日記の背後には、大本営の発表や新聞ラジオの偏向した報道があり、当時の噂があり、その背後には戦争の経過についての様々な事実があります。こうした重層的な構成のおかげで日本人が体験した戦争の特性がよく見えてきます。本書の面白さの要因の一つはその辺にもありそうです。

 意外だったのは、終戦後、占領時代を描いた部分が面白かったことです。昨日までのことを忘れたようにコロリと態度を変える人々に高見や山田が怒り、反省のなさを嘆きます。そして高見順は進駐軍のアメリカ兵を見て、日本兵が占領した地域でどんな態度を取っていたかを思い出し、恥ずかしい思いををします。日本人は日本により自由を奪われていたこと、命を大切にされなかったことに思い至ります。

 東京の街にはアメリカ兵が氾濫している。どこへ行っても見かける。そして、アメリカ兵が日本人を殴っているというような、もしくは日本人に対して優越的な威嚇的な態度を取っているというような場面は、どこへ行っても見かけなかった。
 支那では、どこへ行っても必ず、日本人が支那人に威張っている場面を見かけたものだ。日本人が支那人を殴っている場面は、どこかに必ずあったものだ。
 アメリカ兵は日本人を人間として尊重している。彼等がすなわち人間として尊重されているからであろう。日本人が他民族を苛めたのは、日本人自身が日本人によって苛められていたからである。人間としての権利、自由を全く認められていなかったからである。人間の尊重ということが、日本においてはなかったからである。



 もちろん民間人を空襲で焼き殺すことや原子爆弾の投下については容認できるものではありませんし、日本人の海外に対する態度も決して一様ではなかったでしょう。しかし、兵士の一人ひとりの中にあった人間への態度に違いがあったとは言えるような気がします。

 天皇への尊敬と臣民の命の軽視は一対のものでした。天皇のために働き、国体を守ることができれば、個人が命を捧げることは名誉であると信じていました。一方、大和魂を持たないものは、人としてなっとらんのです。鉄拳制裁はそうしたなっとらん精神を叩き直すための基本中の基本でした。

 高見がこうした反省をしているとき、山田風太郎は終戦記念日を復讐記念日と呼び、こう日記に書きました。

如何に新聞がアメリカ様々を礼賛しようとも、日本青年の九割はなお一点の火を点ずれば、敢然として復讐の剣を把る決意を潜在せしめている



 戦後部分のこうした記述により本書は厚みのあるものに仕上がっています。


それでも、日本人は「戦争」を選んだ 作家と戦争―城山三郎と吉村昭 (新潮選書) 果てしなく美しい日本 (講談社学術文庫) 昭和二十年夏、僕は兵士だった 康子十九歳 戦渦の日記
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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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