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収入を前提としない自己本位の活動

 では、趣味・道楽とはどんなものでしょうか。その性質について考えてみましょう。

 趣味は、本業ではありません。本業以外の楽しみです。そこにはふたつの意味があります。ひとつは、収入にはならないということ。ふたつめは、楽しみであるということです。

 B級遊民は、必要なだけの仕事もします。それはお金を稼ぐためです。それ以外の時間で趣味を楽しみます。そして趣味は収入にはなりません。趣味と実益を兼ねるといういい方があるように、趣味は収入を前提とはしていません。例外はありますが、原則的に趣味は収入を得ることを前提としない楽しみです。

 趣味には、もうひとつの特性があります。趣味は自己本位だということです。

 職業は他人本位であり、道楽は自己本位であると、夏目漱石は『道楽と職業』の中で書いています。

 分業が進んだ社会においては、仕事とは他人のためにするものです。自分が消費するものを作っているわけではありませんし、自分が受けるサービスを自分で提供しているのでもありません。すべて他人のためです。他人のためになるからこそ、それが社会的な価値=交換価値を有し、現金収入となります。

 だからこそ収入が得られる仕事は他人が気に入るような種類の仕事でなければなりません。他人が望むように働かなくてはならないのです。そうしなければ社会的な価値=交換価値を生み出しません。そこに喜びを見出すこともあるでしょうが、仕事であるからには嫌なことを強いられたりもしますし、自分を曲げなければならないこともあります。理不尽な上司もいれば、理不尽な客もいます。それに耐えるのが仕事というものです。

 「すべて己を曲げて人に従わなくては商売にはならない。この自己を曲げるという事は成功には大切であるが心理的にははなはだ厭なものである」と漱石は書きます。仕事が楽しくないのは当然です。

 それに対して趣味・道楽は基本的に自分のためにする活動です。その活動の種類やできばえが他人の気に入らなくてもいい。基本的には自分が楽しければいいのです。誰かに命令されることもなければ、強制されることもありません。もちろん人から評価されればうれしいし、それを励みにすることはあります。しかし、原則として自分が好きでするのが趣味・道楽です。「いやしくも道楽である間は自分に勝手な仕事を自分の適宜な分量でやるのだから面白いに違ない」のです。

 しかし、道楽を仕事にしてしまうと、他人本位に行わなければならないのために、楽しい道楽が苦痛になります。「その道楽が職業と変化する刹那に今まで自己にあった権威が突然他人の手に移るから快楽がたちまち苦痛になるのはやむをえない。打ち明けた御話が己のためにすればこそ好なので人のためにしなければならない義務を括りつけられればどうしたって面白くは行かないにきまっています」(同)

 漱石は、自分が主体となって自分がコントロールできることが面白さには不可欠であると考えています。これは重要なポイントです。仕事であっても、自分が主体となってコントロールできれば面白さを感じやすいのです。主体性、自己管理、自立性といったものが、やる気を引き出します。主体性は生きがい、やりがいの要素です。

私の個人主義 (講談社学術文庫 271)
夏目 漱石
4061582712


私の個人主義ほか (中公クラシックス)
夏目 漱石
4121600207

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