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理想の未来社会は来なかった

 「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん」と歌うのは『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の四句神歌のひとつです。たしかに子ども見ていると、人間は遊ぶために生まれてきたのではないか思わせられます。遊びの中に見出すあの真剣さ、面白さはいつまでも心の底に残る宝のような経験です。

 しかし、いつまでも遊んで暮らすことはできません。よほど条件に恵まれていなければ、そんなことは無理だとわかります。なにしろ生きるためにはお金が必要です。いったい誰がそんなお金を用意してくれるのでしょう。親がよほどの金持ちでいつまでも甘やかしてくれるなら、それも可能かもしれませんが、たいがい人は働く運命にあります。

 それならば、せめて好きなことを優先させながら生きていきたいと願うですが、これは馬鹿げた願望でしょうか。これほど科学技術が発達し、生産性の高い社会に生きているのですから、簡単そうに思えます。しかし、これがなかなかむずかしいのです。

 かつてバラ色の未来が語られたことがあります。「このまま科学技術が発展すれば、ロボットがすべてをやってくれる。工場や会社でロボットが働いてくれるから、人間の労働時間はどんどん短くなって、人間は好きなことをしていられる時代が来る」と。家の中でもお手伝いロボットが何でもやってくれると聞いたような記憶もあります。

 「一九五六年には、リチヤード・ニクソンがアメリカ国民に″そう遠くない未来にやってくる″週休三日制にそなえるようにと申しわたした。その一〇年後には、上院のある小委員会で、アメリカ人の労働時間は二〇〇〇年には週一四時間にまで減っているだろうという講演がおこなわれていた」(カール・オノレイ『スローライフ入門』ソニー・マガジンズ)

 週14時間の労働といえば、週休5日です。けっして無責任でもなければ知性が足りないわけでもない人たちがそこまで楽天的に予測していたことに今さらながら驚きます。

 しかし、そんな未来はやって来ませんでした。私たちの目の前にあるのは長時間労働の社会。世界で一番の長時間労働の社会です。日本で生まれた「過労死」という言葉もそのまま「Karoshi」として英語の辞書に掲載されてしまいました。なんという灰色の未来でしょうか。

梁塵秘抄 (ちくま学芸文庫)スローライフ入門

働きすぎの時代 (岩波新書 新赤版 (963))
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