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ほどよく隠れて生きる

 二十九歳で科挙(中国の官僚の登用試験)の進士科に合格して以降、エリートコースを歩んできた白居易は四十四歳で江州司馬に左遷されます。仕事は閑職。ほとんど働かずとも収入が得られます。もともと閑適を愛する白居易はこの安寧を楽しむことができました。この閑適の気持ちよさこそ自分の帰るべき故郷だといいます。

 もともと向上心が強く、官僚としての出世を願っていた白居易としては多少の強がりも混ざっていたでしょう。「故郷が長安だけであろうはずはない」という部分に中央への未練が読めます。

 しかし、閑適を好む傾向は晩年になるにつれて強まっていきます。やがて中央に戻った白居易は再び出世街道を突き進み、刑部尚書(法務大臣)にまで登りつめますが、閑適を歌った詩はかえって増えていきます。

 白居易は晩年に太子賓客分司東都という名誉職についています。これもかなりの閑職だったようです。このときの自分の生活を「中隠」と呼んで、詩を作っています。長いので最初の部分だけを訳出しておきましょう。


   中隠

 大隠は町の中に住み、
 小隠は丘の陰に入る。
 丘の陰はとても寂しく、
 町中はとてもやかましい。
 それよりも中隠となって
 うまく隠れながら閑職につく方がいい。
 仕事に出るでもなく、隠遁するでもなく、
 忙しくもなく、まったくの閑でもない。
 心と力を疲れさせないし、飢えと寒さもない。
 一年中、公務はないのに、
 月ごとの給料は出る。

 なぜ町中にいる方が大隠で山に隠れるのが小隠なのでしょう。普通に考えると、逆です。隠遁者は人里を離れて山の中に草堂をむすび、瞑想をするなど修行をするものです。しかし、すでに悟りに達しているのであれば、俗事に心を乱されることはないので山林に隠れる必要はありません。町の中に住んでいても隠でありえます。この一節は日本でも「大隠は市に隠る」という諺となって残っています。

 白居易はその中間がいいといいます。ほどよい田舎に住み、閑職につく。そこで悠々自適に暮らすのが「中隠」。そんなうまい話はめったにないでしょうが、ひとつの理想ではあるでしょう。(こんなことを日本の公務員にやられたら、許せません…)

 七十五年の長い生涯にあって、官僚生活に忙殺される期間はあったにしても、多くの時間を安穏と暮らすことができた白居易はじつにうらやましい存在です。ただ私であればもっと若い時期にさっさと引退してしまったことでしょう。そのあたり白居易の出世への志向の強さを感じます。

 二人の詩人だけを取り上げましたが、中国には閑適を歌った詩は多くありあす。定番の詩題といえます。漢詩は日本人の教養でもあったわけですし、日本の漢詩人も多く存在します。だからこそ閑適は日本人にもなじみの感覚であり、憧れであったのです。

 かつての日本人は今よりもずっとのんびり暮らしていました。江戸時代の武士は暇すぎるほど暇であったし、江戸の庶民もたっぷりある時間をうまく楽しんでいました。閑適を愛すのはなにも特別なことではありませんでした。一部の虐げられた人たちをのぞけば、日本人の働きすぎが指摘されるようになるのは戦後の高度成長期以降のことです。その起点は明治政府の富国強兵と殖産興業にあったにしても、たかが百数十年のことに過ぎません。

 ちなみに漱石もまた多くの漢詩を残しています。大正五年八月に書かれた「無題」とする漢詩の一節に「去来を賦せんと欲して未だ田を買わず」とあります。賦とは感じたことをありのままによむ詩のこと。つまり「陶淵明のように帰去来の辞を書こうと思っているが、まだ耕すべき田を買っていない」という意味です。漱石はこの年の十二月九日に胃潰瘍で亡くなっています。四十九歳でした。

 神経衰弱や胃潰瘍に苦しみ続けた漱石ももっとゆったりとした生活をしていれば長生きできたかもしれません。が、子どもが六人もいたのでは、そうもいかなかったのでしょう。一家を支えなければならない責任がまじめに考えすぎる漱石に重くのしかかっていました。

白楽天100選 (NHKライブラリー―漢詩をよむ (129))文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし

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