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『楽訓』 その3

 清福という言葉あります。きよらかな幸福、精神的な幸福という意味です。益軒はこの清福を重視します。

 清福ということがある。楽しみを好む人はかならずこれを知っていないといけない。これは識者の楽しむところで俗人は知らない。だからわが身に清福を得て大きい幸福があるのに、これを知って楽しんでいる人はまれである。


 普通の人は物質的な幸福を求めて騒がしく暮らしています。今より1割、2割裕福であれば、自分は幸福になれると思い頑張って働き、資産を増やそうとします。そしてその目標を達すれば、再び、今より1割、2割裕福であれば、と思います。足ることを知らなければ、もっともっという思いは際限なく続きます。

 清福は今ここに幸福の源泉があると知り、楽しんで暮らすことです。物質的な幸福という幻を追うように齷齪(あくせく)することはありません。

 貧賤で世にみとめられなくても、その身が気楽で、静かで、心に憂いがなければ、これを清福という。余暇があってしずかに書を読み古の道を楽しむのは、清福の大きな楽しみである。


 これはまさしく私がB級遊民の生活信条としていたことそのものです。知足、閑適、道楽がB級遊民の生活信条です。

 知足はすでに見たとおり益軒の重要な考えのひとつです。閑適については本書に次のような言葉が見つかります。「およそ閑のなかには楽しみがいつもある」「心が閑でないと楽しみが得がたい」。道楽についてはこの引用の後につづく部分でとりわけ読書と自然の楽しみについて書いています。

 およそ読書の楽しみとは、色を好まなくてもよろこび深く、山林に入らなくても心のどかに、富貴でなくても心ゆたかになることである。人間の楽しみでこれにかわるものはない。


 前回、「みずから善を楽しみ、人を救って善をするに越えた楽しみはない」という言葉を紹介しました。今度は読書を最高の楽しみのようにいっています。どっちが一番なんだよと、つっこみを入れたくなりますが、益軒が生涯にわたって読書を好んだことは間違いのない事実です。

 益軒は受動的に読書をするだけではなく、学んだことをまとめて著述をすることにも熱心でした。楽訓ではとくにふれていませんが、創造の喜びもまた益軒の重要な楽しみであったはずです。

 楽しみについて縦横に語る益軒ですが、自分が楽しみを得られるのも時代がよかったのだといいます。

 大君(徳川将軍)の御恵みによって、こういう太平の御代に生まれ、堯、舜の仁にあって、白髪になるまで戦争にあわなかった。これは大きな楽しみではないか。


 益軒には、パックス・トクガワーナ(徳川による平和)が自分の穏やかな生活を支えているという強い認識がありました。そして、徳川の統治がその統治の手段として儒教の普及をもたらし、長く続く知識人の時代を生み出したのです。貝原益軒はまさに江戸時代が生んだ知者のひとりといえるでしょう。

養生訓 ほか (中公クラシックス)
松田 道雄

養生訓 ほか (中公クラシックス)
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