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自由時間を持たない者は奴隷である

 B級遊民は、自由時間を愛しています。なるべく多くの自由時間を求めます。そして自由時間の中で憩い、暇な時間を楽しむことを望みます。のんびり生きるということです。リラックスをして生きたいということです。これがもっとも基本的な生活信条です。

 では、自由時間と何でしょうか。

 総務庁の「社会生活基本調査」では国民の生活活動を3つに区分しています。1次活動の「睡眠、食事など生理的に必要な活動」、2次活動の「仕事、通勤など社会生活を営む上で義務的な性格の強い活動」、3次活動の「余暇活動など各人の自由時間における活動」です。それぞれに費やす時間を1次活動時間、2次活動時間、3次活動時間と呼びます。

 ここで定義されている3次活動時間が自由時間です。睡眠や食事の時間はふくみません。洗顔、入浴、身支度、化粧などの身のまわりの用事の時間もふくみません(これらは1次活動です)。通勤や仕事の時間もふくみません。家事、介護・看護、育児、買い物の時間もふくみません(これらは2次活動です)。その残りの時間が自由時間です。

 自分が好きな活動のために振り分けられる時間。好きなように処分してよい時間。だからこれを可処分時間ともいいます。

 『それから』の代助はこの自由時間が誰よりも多い。なにしろ働かずとも生活費が入ってくるのですから、労働のための2次活動時間は存在しません。実家に生活費をもらいに行くための時間を通勤時間ととらえてもよいですが、毎日のことではないのですから、無視できるほどの短時間です。

 自分が養っている家族もいないので家族サービスの時間なども必要ありません。家事労働も婆さんと書生がやってくれます。なにかの残り時間というよりも食事や睡眠以外のほとんどすべてが自分のために使える自由時間です。さすがは真性の高等遊民というべきでしょう。

 ちなみにニーチェはこのように書いています。「あらゆる人間はあらゆる時代と同様に、今でもまだ奴隷と自由人とに分かれている、なぜなら、自分の一日の三分の二を自分のためにもっていない者は奴隷であるから。そのほかの点では、たとえ彼が政治家・役人・学者など何者であろうとしても同じことである。」(『人間的、あまりに人間的』)

 すさまじいほどの自由時間主義です。眠る時間を含めるとニーチェの基準を満たすことはできないので、起きている時間だけを考えるとしましょう。睡眠時間を7時間とすると、起きている時間は17時間。自由時間として確保すべき三分の二は11時間強です。残りの6時間弱で、食事やお風呂、労働などを振り分けなければなりません。食事やお風呂など生活に必要な時間が3時間かかるとすると、労働時間は3時間弱。週休二日に換算するにしても一日の労働は4時間に抑えなければなりません。それ以上働く人は奴隷なのです。しかも家庭サービスも地域活動もいっさいなしでこの時間ですから、こうした時間も含めれば労働時間は2時間くらいになるでしょう。ニーチェ、恐るべし。

 しかし、ニーチェは食事時間などを自分の時間と考えていたかもしれません。これとは違う計算であった可能性もおおいにあります。

 B級遊民も自由時間至上主義者ですが、必要最小限は働かなければなりません。何時間働くかは人それぞれでしょうし、さまざまなタイプのB級遊民がいてしかるべきですから、何時間以下ならB級だとかの定義はしません。家事も自分でせざるを得ないことも多いでしょう。これも有閑階級ではないのだから仕方ありません。しかし、なるべく自由時間を確保することを考えるのがB級遊民です。

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情報処理系講師、フリーライター。減速生活者にしてB級遊民。

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