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『「自分」から自由になる沈黙入門』 小池龍之介

「自分」から自由になる沈黙入門
小池 龍之介
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 著者はかつてイエデカフェというカフェ+オテラを運営していたお坊さん。Webサイトでも知られているようです。

 仏教をベースに自我を肥大させずに生きていく方法をわかりやすく書いています。宗派はわかりませんが、比較的古い仏典の知識を多く紹介しているようです。属する宗派とは別に個人的に勉強されているのかもしれません。

 怒りを意味する瞋恚(しんい、しんに)に「イヤイヤ」とルビをふるなど、仏教用語に慣れない人向けにくだけた文体で書かれているのが特徴です。しかし、文末に古語や候文などを交えたりして、あえて読みにくくしている文体は一貫性がなく、意図が不明です。

 仏教というと大変な修行があって、実践しにくいものですが、小池氏は身体や心をじっと観察する方法をすすめています。スマナサーラ長老によって日本でもよく知られている上座部仏教とは違い、感覚を味わう、じっくり実感をするというやり方です。ヴィパッサナー瞑想のように言葉で実況するというやり方とはちょっと違います。

 じつはこの感覚を味わう方法は、フォーカシングという心理学の手法です。小池氏の教える方法ははたして仏教のものなのか心理学からの借り物なのかは不明です。ですから、これが悟りに至る道なのかたんに心理療法の範囲内にとどまるのかは判断できません。

 そういう意味ではいささか際物じみていますが、仏教的心理療法的なニュアンスで受けとめておけばいいでしょう。別に悪いことは書いていません。むしろ、ここを入り口に仏教の世界に入るのには、おすすめの一冊ともいえます。

 タイトルにある沈黙入門ですが、人の話など内容的にたいしたことはない、自分の話も自からの慢を増やすばかり、だから話をしないのが一番という姿勢から来ています。

 仏教ではおしゃべりを楽しむのは悪いこととされています。つまらないおしゃべりをするために友だちと交流するのはやめたいと思っている人には心強い思想です。自らの孤独に正当性を得たいと思っている人には慰めとなるでしょう。

 今、ちょっとネットで調べてみたら、このような本人の言葉がありました。

 「拙僧は一応、特定の宗派に所属している僧侶ではありますが、宗派の枠にとらわれることなく、広く仏道を実践し、伝えてゆきたいと考えております。」

 日本で僧籍を得るには日本仏教の宗派に属する必要があるのかもしれませんが、その人が真摯であればあるほど、日本仏教の既存宗派には疑問を持つものです。これから仏教を勉強したいと思っている人は、日本仏教の宗派にとらわれないように気をつけてください。

「自分」から自由になる沈黙入門
小池 龍之介

「自分」から自由になる沈黙入門
十牛図入門―「新しい自分」への道 (幻冬舎新書 (よ-2-1)) 「感情の整理」が上手い人下手な人―感情コントロールで自分が変わる (WIDE SHINSHO) 健康川柳―一日一句医者いらず ほめことば練習帳 (幻冬舎新書 や 4-1) 持たない暮らし (中経の文庫 し 3-1)
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ジャンル : 本・雑誌

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