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『山頭火のぐうたら日記』 鬱と酒と自殺

山頭火のぐうたら日記
種田 山頭火
4394902614


 なぜ仏教修行者らしいことができないのか。それ以前になぜしっかり生きられないのか。

 山頭火の履歴を見ると、「神経衰弱のため早稲田大学を退学」となっています。現在ならば、自律神経失調症もしくはウツ病があたりが疑われます。

 次の日記を見ると、以後も定期的に襲ってくる何かがあるようです。

 「晩春から初夏へうつる季節に於ける常套病-焦燥、憂欝、疲労、苦悩、-それを私もまだ持ちつづけている。」(日記・昭和八年四月三十日)

 では、家庭はどうかといえば、家庭は彼には何の慰めにもなっていないようです。

 「家庭は牢獄だ、とは思わないが、家庭は砂漠である」(雑誌「層雲」大正三年九月号)

 「理解なき夫婦ほど悲惨なものはない、理解し得ざる親子は別居することも出来るが、理解なき夫婦は同じ床に眠って別々の夢を繰り返さなければならない!」(雑誌「層雲」大正四年六月号)

 さらに彼はアルコール依存の傾向も強く、飲んだ後には自己嫌悪も強く感じていました。それだけならば、病気であると結論づけられますが、甘えた性格もあったように推測されます。

 「我儘ということについて考える、私はあまり我がままに育った、そしてあまり我がままに生きて来た、しかし幸にして私は破産した、そして禅門に入った」(日記・昭和五年十二月十四日)

 家庭の破綻、うつ傾向、アルコール依存、さらには性格としての我儘、甘え。こうしたものがないまぜになって彼はきちんと生きることができない状況に陥っていました。それを彼は一言で「愚」と呼びました。

 「本来の愚を守って愚に徹す、愚に生きる外なし、愚を活かす外なし。」(日記・昭和八年二月一日)

 家族を失い、放浪をし、愚に生きる男は孤独に耐えられないというさらなる弱点も持っていました。

 「心が沈んでゆく、泥沼に落ちたように、-しずかにして落ちつけない、落ちついていらいらする、それは生理的には酒精中毒、心理的には孤独感からきていることは、私自身に解りすぎるほど解ってはいるが、さて、どうしようもないではないか!(日記・昭和九年二月七日)

   どうしようもないわたしが歩いてゐる  山頭火

 この句は求道的な人間の厳しい自己批判ではなく、そのまま素直な感慨ではないでしょうか。

 せめて酒をやめることができれば、事態は好転するかのように思えますが、彼にはそれができません。このように「どうしようもないわたし」を抱えたまま生きていくのはつらいことです。だから、山頭火は自殺未遂もしています。

 「私とアルコールとはとうてい絶縁することが出来ません、絶縁すれば私はもっといけなくなるのです、此矛盾の苦悶に堪えかねて、幾度か自殺を企てました、昨年の卒倒も実は自殺未遂だったのです、此旅行だって死場所を見つけるためでした。」(書簡 (木村緑平宛て) 昭和十一年六月三十日)

 「とにかく生きていたくなくなった、というよりも生きてはいられなくなった、とすれば、死ぬるより外ない、死んで、これ以上の恥と悩みとから免れるより外ない。」(日記・昭和十一年十一月十六日)

 「自殺は弱者の悲しい武器だ。」(日記・昭和十二年一月三十日)

 自殺が武器であるとはじつに悲しい告白です。自分を消滅させ、苦しみから脱することができる最終的な武器。だが、幸いなことに山頭火は自殺にも失敗しました。

 そして最後に残された彼の生き方はなんだったのでしょうか。

(つづく)

山頭火日記〈1〉 (山頭火文庫)
山頭火日記〈2〉 (山頭火文庫)
山頭火 日記〈3〉 (山頭火文庫)
山頭火 日記〈4〉 (山頭火文庫)
山頭火 日記〈5〉 (山頭火文庫)
山頭火 日記〈6〉 (山頭火文庫)
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