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『幸福について』 知的生活のススメ

幸福について―人生論 (新潮文庫)
ショーペンハウアー
4102033017


 ショーペンハウアーによれば、人間の三つの生理学的な根本能力をもとにして三種類の享楽の源泉があるといいます。

 「第一は再生力の享楽である。飲食、消化、休息、睡眠の享楽である。」(『幸福について』ショーペンハウアー、橋本文夫訳)

 第一の享楽は、生存にかかわることなので、これらを好まない人間は死んでしまいます。たとえば食事を嫌いな人は生きていられないでしょう。自然がこうした享楽を人間に与えたのは当然です。

 しかし、これらの享楽を必要以上に貪ることはかえって生存を危うくします。食べ過ぎて健康を害することを思いうかべれば十分納得できるでしょう。節制がとても重要になります。

 「第二は刺激感性の享楽である。遊歴、跳躍、格闘、舞踊、撃剣、乗馬、その他あらゆる種類の運動競技、さては狩猟、はなはだしきは闘争や戦争、などの享楽である。」(『幸福について』)

 これらも生きるうえで重要といえばそういう面もありますが、この文脈でのポイントは「刺激」という言葉にあります。心は退屈を嫌い、刺激を欲します。心は刺激的なものを喜ぶのです。ときには刺激を求めて悪さえ求めることがあります。ですから、刺激に飢えた心はしばしば危険です。

 人間は慣れる動物ですから、より強い刺激を求めることになります。それが結果的に自分に不利なものであっても、やめることができなくなります。いわゆる依存症です。その極端な形が薬物依存やギャンブル依存です。刺激感性を野放しすることはとても危険なのです。

 「第三は精神的感受性の享楽である。考察、思惟、鑑賞、詩作、絵画彫刻、音楽、学習、読書、瞑想、発明、哲学的思索、などの享楽である。」(『幸福について』)

 たとえば、より高い精神的感受性があればより高度な作品を楽しむことができます。自分でも作品を作ることができます。ですから、「精神的感受性が断然圧倒的に多ければ多いほど、それだけ大きな精神的享楽が得られる」のです。

 精神的感受性の享楽にはこれといったマイナスはないため、精神的感受性の享楽を喜びとする人間は、やがてその享楽を生活の中心と考えるようになります。

 「彼にとっては知的な生活がしだいに本来の目的となり、身辺生活はただこの本来の目的のための手段と見られるようになる。したがって主な仕事はこの知的な生活から与えられる。知的な生活は、洞察と認識とが不断に豊かになることによって、あたかも完成過程にある芸術作品と同じく、まとまりを与えられ、不断に向上し、しだいに円熟する全一と完成とを得てくる。」(『幸福について』)
 
 日本でも知的生活という言葉が流行ったことがありますが、ここに引用したショーペンハウアーの考えなどはまさにその魁(さきがけ)といえるものです。

 現在、日本人の寿命が延びて、定年後の長い人生をどのようにすごすかが大きな問題となっています。政府や自治体はさかんに生涯学習をすすめようとしていますが、これは当然でしょう。なにしろ再生力の享楽や刺激感性の享楽は危険が伴います。年をとった人間にとってはなおさらこれら低級な享楽は害悪になりやすいのですから。

 精神的感受性の享楽はあまり疲れませんし、害悪もありません。感受性が高まれば、より楽しむことができるようになります。どんどん向上し、時間を費やしてかまいません。むしろ時間がある人にこそ精神的感受性の享楽はふさわしいのです。 

 ショーペンハウアーが知的ではない享楽を低級であると否定的に見ている理由には、他の論者には見られない彼独自のものがあります。最後にそれを紹介しておきましょう。

 「すなわちその目標が何であるにしても、行き着くところはことごとく意志の活動すわなち願望・期待・懸念・到達であり、しかも決して苦痛を伴わずに終始することはありえないし、そのうえ、真理がますます明瞭となる知的享楽とは反対に到達と同時に大抵は多かれ少なかれ幻滅の悲哀を感じさせられる。知力の国土には苦痛がない。」(『幸福について』)

 意志の活動は苦痛であるとショーペンハウアーは考えています。別のいい方をすると、煩悩に動かされる活動は苦痛であるということです。おそらく仏教の影響でしょう。自分自身を明確に観察することができれば、この真理に到達できると、原始仏教では考えています。

 欲望に駆られて何かを追い求めることは苦痛である。ここではあまり深追いはせずに、ただそのように理解しておいてください。それに対して精神的感受性の享受は意志の活動ではなく認識の活動であるため、苦痛を伴わないのだといいます。

 真理の追究にも欲望や苦痛は伴いそうな気がしますが、もし苦痛があるとしたら、それは精神的感受性とは違う意志の発動を伴わせるからそうなるのかもしれません。私は真理に近づいていないのでよくわかりません。

 ともあれ、ショーペンハウアーがいっているのは知的生活のススメです。理想的な知的生活には苦痛がないというのです。

知的生活の方法 (講談社現代新書 436)
渡部 昇一

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