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『チーズはどこへ消えた?』  なぜ売れたのか、そして続編

チーズはどこへ消えた?
Spencer Johnson
459403019X


 スペンサー・ジョンソン著

 メインの物語は短い寓話です。前後にその寓話から教訓を読取る人々の様子を描いています。

 物語の内容は普通です。ビジネス系の啓発書にありがちなことが抽象的に書かれているだけです。

 それなのに、なぜ話題になったのでしょうか、絶賛する人がいるのでしょうか。

 理由の一つは、普段読書しない人が読んでいるから、でしょう。ベストセラーの読者はたいがいそうですが、平凡な内容に大げさに驚いたり、感動したりします。あまり読書経験がないのでその本の価値がどの程度がわからないし、昔からあるものの焼き直しにすぎず普通の内容であることにも気づきません。つまり、無知のなせる技です。

 理由の二つ目のは、寓話から教訓を読み取った自分の読解力に満足感を得るから、です。自分はこの物語から教訓を読み取る力があるのだと単純に喜んでしまうひとがいるのです。小説を教訓的に読む人もこれに類します。文学をイソップ物語の大人版だと思っているような人です。

 こうした理由でこの物語を高評価をするのだと私は理解しましたが、斜に構えすぎているでしょうか。

 この寓話の構造は登場する二匹のねずみと二人の小人の役割を見れば大体想像がつくでしょう。

 二匹のねずみ、スニッフとスカリーは「変化に敏感な人」と「行動する人」をあらわしています。
 二人の小人、ヘムとホーは「変化しない人」と「自ら変化する人」をあらわしています。

 そして教訓。

 状況は変わる。今まで恩恵を与えてくれたチーズ(ビジネスモデルでも恋人でもいい、なにかの例え)がいつかなくなってしまうかもしれない。だから、状況の変化に敏感でいるべきだ。変化を感じたら、次のチーズを求めて行動を起こすべきだ。

 その通りに行動するのが二匹のねずみです。しかし、それだけだと膨らみがありません。そこで変化に敏感でなく、また積極的な行動的もしない二人の小人が出てきます。

 小人のホーは、状況の変化に付いていけないのですが、やがて自分がチェンジする決心をして、新しいチーズを探す行動を取ります。もう一人の小人ヘムは、変化することを望まず、チーズが戻ってくることを期待して待ち続けます。

 物語の教訓である「変化に対応せよ」というメッセージは驚くほど平凡なものですが、実際には変化に対応できる人は多くはありません。たいがいの人は過去の成功体験にこだわったり、新しいチャレンジをすることに尻込みをするものです。わかっちゃいるけど、変えられないのです。ビジネスにおいても私生活においてもしかりです。

 だから、このメッセージは永遠です。いかに平凡なメッセージであっても、自分も変わらなくちゃと考えて、共感する人は絶えないでしょう。

 私なりにこの物語の続きを考えてみました。

 まずは実際の物語のラストシーンから。

 やがて、外の迷路で何かが動く音が聞こえた。音が大きくなり、誰かが近づいてきたのがわかった。
 ヘムがやってきたのだろうか? 彼が角を曲がろうとしているのか?
 ホーは祈りの言葉をつぶやいた。これまで幾度となく願ったことだが、ついに旧友がやってきたのでありますように……


 次の瞬間、通路の角から現れたのは、巨大な猫だった。
 ホーの姿を認めると、猫は踊りかかってきた。
 ホーは驚き、すぐにチーズ・ステーションNの中に逃げ込んだ。ホーはチーズの隙間に滑り込み姿を消した。そうして入り口を覗き見た。
 猫がチーズ・ステーションNに入ってきた。
 スニッフとスカリーの二匹は何も気づかず、チーズを食べていた。
 猫は背後からスニッフに飛びかかり頭からかぶりとかじりついた。スカリーは恐怖で身動きができなかった。スニッフの頭をかじりとった猫はすぐにスカリーに飛びかかり、やはり頭からかじりついた。ガリガリといやな音がした。
 猫の名前はグローブだった。
 そのとき、ホーはさとった。「間違えた場所に来ることもあるんだ」と。


Who Moved My Cheese?: An Amazing Way to Deal with Change in Your Work and in Your Life 頂きはどこにある? 『チーズはどこへ消えた?』『バターはどこへ溶けた?』どちらがよい本か? 金持ち父さん貧乏父さん 7 Habits of Highly Effective People (3CD)
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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『考える技術としての統計学』 文系のためのわかりやすい統計学

考える技術としての統計学―生活・ビジネス・投資に生かす (NHKブックス)
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 飯田泰之著 

 統計処理をしたい人向けではなく、統計学の考え方を知りたい人向けの本です。数式は少なく、わかりやすい記述なので、文系向けとも思えますが、考え方を知るという意味では文系も理系もなく、知っておきたい内容だろうと思います。

 サブタイトルが「生活・ビジネス・投資に生かす」となっています。統計の事例として、経済や投資関連の用語、物価、市場調査、商品売上げや来客数の予測などがとりあげられていますから、無味乾燥な数学的例題とは違って興味を持って読むことができます。

 ただし実際に統計を活用しようと思ったら、さらに専門的な書籍が必要になるでしょう。本書はあくまでも考え方を理解することが目的です。

 とくに統計を利用するあてのない私としてはこの内容で十分です。本格的な統計が必要ではないけれど、とりあえず常識程度には知っておきたいという人にぴったりです。

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『いーじゃん!J-POP だから僕は日本にやって来た』 重金属男によるJ-POP分析が秀逸

い~じゃん!J-POP -だから僕は日本にやって来た- マーティ・フリードマン
日経エンタテインメント!
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 マーティ・フリードマン著。

 日本語ペラペラのロングヘアー米国人。ヘビーメタルバンド、元メガデスのギタリストであったマーティ・フリードマンの音楽的半生とJ-POP分析。

 マーティはJ-POPが好きで移住を決めたそうです。ヘビメタとJ-POPではあまりに違いすぎますが、彼はJ-POPの音楽としての多様性、柔軟さ、日本人らしい細かい工夫などにひかれていて、その絶賛ぶりは想像を遥かに超えます。

 「マーティが選ぶJ-POP TOP40」を見ると、アイドル的な女性歌手が多数載っています。とりあえずトップ10はこんな感じ。

 1位 I'm Proud/華原朋美
 2位 明日/平原綾香
 3位 チュッ!夏パ~ティ/三人祭
 4位 ね~え?/松浦亜弥
 5位 Shock of Love/相川七瀬
 6位 雪の華/中島美嘉
 7位 Yeah!めっちゃホリディ/松浦亜弥
 8位 My Treasure/Ruby Gloom
 9位 Silent love ~ open my heart/倉木麻衣
10位 桃色片想い/松浦亜弥

 冗談かと思うくらいキャピキャピした曲が並んでいます。松浦亜弥がどんだけ好きなんだ、と。

 しかし、たんなるアイドル好きではないことは本書を読むとわかります。日米の音楽観の違いをじつによく分析していて感心します。

 アメリカではジャンルの混交ということはあまり起こりません。しかし、日本では演歌にはハードロック的なギターが普通に入っています。石川さゆりの『天城越え』のギターなどはアメリカだったらヘビメタ以外の音楽では使われないとか。ZARDのバックのギターの刻みもメビメタでおなじみの手法です。ディープ・パープルの『ハイウェイスター』なんかがまさにこれです。ヒップホップが歌謡曲的なメロディの途中に使われます。欧米ではプログレッシブロックでしか使われない変拍子がごく普通に織り込まれています。(民謡は変拍子の嵐であるという指摘には驚きました)

 歌手の歌い方も日米で大きく違います。マライア・キャリーやセリーヌ・ディオンのような歌い上げるタイプの歌手は、曲の内容とは関係のなく、サビの部分で叫ぶように歌います。技術を見せつけるために歌い上げ、本来のメロディをこわすアドリブをまじえます。その結果、曲の魅力が損なわれます。

 日本人歌手はメロディに忠実で、メロディを大切にしています。また、ヘタウマという独特の唱法は、女性らしさを表現し、親近感を抱かせます。

 アメリカの女性歌手は地声が低く、高い音は大声でないと出せないという事情もあるようです。こうした叫ぶように歌うところがマーティは特に嫌いだそうです。日本の女性歌手は地声が高く、叫ばずとも高い音が出せるので、自然に歌えるのだとか。

 これらJ-POPの特異性を日本人はほとんど意識していません。人に指摘されてやっと分かることです。

 しかもこうした指摘ができるのは日米の音楽に精通している人だけです。マーティが日米の音楽に詳しいから可能な分析であり、指摘なのです。

 本書は音楽の文化人類学です。日本の音楽評論家の誰もできなかったアメリカ人一流ミュージシャンによるJ-POPの音楽文化論です。J-POPが好きかどうかとは関係なく、音楽文化論として読んでみてください。

テーマ : j-pop
ジャンル : 音楽

『日本人の知らない日本語』 蛇蔵&海野凪子 外国人の鋭いツッコミに驚く

日本人の知らない日本語
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 日本語学校の先生を主人公としたマンガです。実話らしいです。

 外国人学生の質問は日本人の発想とは違い、日本人の当たり前を破壊してきます。日本人がまったく考えたことがないようなこと、言われてみるとたしかにそうだという矛盾や盲点、誰もいちいち考えたりしないモノの名前など。

 例えば、助数詞。

 靴や靴下は「足」と数えると教えると、「パンティストッキングは?」 
 椅子は「脚」と数えると教えると、「便器も脚と数えますか?」
 便器を数える機会はあるのか!?
 人間はなんと数えるでしょうか?ときくと、「匹」と答える。マンガのタイトルを示して「男一匹と書いてあります」(男一匹ガキ大将)
 
 生徒同士の文化の違いも際立っていて楽しめますし、授業以外の交流でもいろいろな出来事が起こります。

 任侠映画で日本語を覚えたフランス人のマダムが「おひかえなすって」と挨拶をするシーンなど爆笑ものです。

 他に古すぎる日本語テキストで日本語を覚えた留学生。居酒屋で水商売で覚えた日本語を駆使する若者たち。登場人物が個性的です。

 日本語を再発見という意味でも、文化人類学的な軽い驚きという意味でも、面白いです。本は薄いし、余白が多いので、すぐに読めます。(本当に中身がスカスカ) 

 本屋さんで見かけたら、手にとってみてください。私はすべて立ち読みしてしまいました。

 似たようなテーマで「ダーリンは外国人」がありますが、特に語学を扱っているという意味では『ダーリンの頭ン中 英語と語学』がお勧めです。こちらは面白いというより深いです。

↓哲学者のような風貌のトニー・ラズロの悩み方が面白い。
ダーリンの頭ン中 英語と語学

ダーリンの頭ン中 英語と語学
ダーリンは外国人(2) ダーリンは外国人―外国人の彼と結婚したら、どーなるの?ルポ。 トニー流 幸せを栽培する方法 英語ができない私をせめないで! ダーリンは外国人 with BABY
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↓第2弾も出ました。
日本人の知らない日本語2
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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

龍馬伝 第4回視聴率23.4%

 第4回「江戸の鬼小町」で「龍馬伝」の最高視聴率を更新しました。

 しかし、内容はどうでしょう。脚本がダメダメだったと思いますが。

 まず、龍馬(福山雅治)の剣術の上達の様子が描かれていませんでした。次に、千葉佐那(貫地谷しほり)の龍馬に対する心情の変化が描かれていませんでした。ここはもっと丁寧に描かなければドラマとして成立しません。そこで手抜きをするなんて考えられません。脚本家は失格ですね。すぐにでも人を変えて欲しい。

 逆に、演出というか町の様子の描き方、大道具、小道具が凝っていて素晴らしいです。これを見るだけでもけっこう価値があると思います。
 
 第4回の終盤に黒船がやってきました。これでいよいよストーリーは大きく動き始めます。期待したいところですが、またクソ脚本かもしれないと思うと…。

テーマ : 龍馬伝
ジャンル : テレビ・ラジオ

『大震災発生! 公的支援がくるまでの200時間を生き延びる知識と知恵』 山村武彦

大震災発生! 公的支援がくるまでの200時間を生き延びる知識と知恵
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 阪神大震災以降、災害時の常識はだいぶ変わりました。

 机の下に隠れるよりも家の外に出るのが正解です。トイレに逃げるよりも家の外です。阪神大震災のときは家の中で死んだ人が多数いました。外に出る余裕があるうちに外に出るのがよいようです。

 それから避難所にすぐに行けばいいというものでもありません。広域に被害がおよぶときは救援がすぐにはきません。被災者が自分たちで消防に努めたり、倒壊した家屋に埋もれた人を救助する必要があります。地域社会の協力が重要です。

 このような新常識が書かれているので、この本に限らず新しい災害本を一度は読んでおくべきでしょう。

 災害伝言ダイヤル171、災害用ブロードバンドWeb171などの災害時の連絡方法。避難時の注意事項、避難生活と生活再建のこと、日頃備えるべき防災グッズなども書かれています。

 必要な防災グッズは多数紹介されています。きちんとやろうとしたら大変です。せめて最低でも食料と飲み水、ラジオなどは用意すべきでしょうね。簡易トイレも欲しいです。とりわけ命に直結する点で飲料水は備蓄しないといけません。一日一人当たり2リットルが目安です。8日分を用意すべきとこの本にはあります。一人16リットルです。結構あります…。

 ちなみに8日分を用意すべきというのは、公的支援が行き渡るまでに200時間かかるからです。とりあえずそこまでは自力で生きられる準備が必要なのです。

 地震があったら家の外に出るといっても、もう地震慣れしていて、ちょっと揺れた程度ではビクともしませんから。こういう慣れっていうのが一番怖いのではないでしょうか。


必携 地震対策完全マニュアル 地震の時の料理ワザ―グラッと来てもあわてない!防災袋に必携!!電気が復旧するまでの1週間 大震災サバイバル・マニュアル―阪神大震災が教える99のチェックポイント (朝日文庫) あなたは生き残れるのか?―大震災生存の達人・改訂版 (小学館文庫) 地震イツモノート―阪神・淡路大震災の被災者167人にきいたキモチの防災マニュアル
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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『量子の新時代』 佐藤文隆他 量子論はわからないものと諦めよ

SF小説がリアルになる 量子の新時代 (朝日新書 187)
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 量子論が現代のエレクトロニクスの理論的基礎となっているとは知りませんでした。もっと現実とは違うところで理学的に追求されている世界の話だと思っていました。なんという無知。

 第1部は科学ジャーナリストの尾関章による量子論を身近なイメージで理解させようとする試み。成功していませんし、理解できません。そもそも量子論がどういうものなのかの説明がなく、いきなり比喩的な説明が続きます。本の構成が間違っているのです。

 最後の方の紹介されていた二重スリットの実験の話だけは面白かった。つまらない比喩はいらないから、どういう実験があってのかとわかりやすく語ってくれればいいのに、と思いました。

 第2部は量子情報を専門とする科学者の佐藤文隆へのインタビュー。量子暗号、量子コンピュータなどの先端技術に話題が及びます。

 盗聴されると痕跡が残るという量子暗号は近いうちに実用化しそうです。盗聴すると量子の重ね合わせが崩れるのだそうです。それが検出されれば盗聴した証拠である、と。そもそも量子の重ね合わせという概念が難しいのですが。

 並行処理ができる超高速の量子コンピュータは演算結果が保証されていないということに驚きました。例えば、暗号解読に使われる素因数分解では、検算して間違っていれば、また計算するのだとか。

 科学者の佐藤文隆による第3部は、量子論の歴史のような話。とくにアインシュタインと量子論の関わりが多く扱われています。意外なことに量子論の前期はアインシュタインが貢献したのだそうです。アインシュタインというと量子論に異を唱えたことで有名ですけど。

 佐藤氏が面白いことを書いています。

絶対に私たちを「わかった気にさせない」のが量子論なのである。


 なるほど。「なんかわからねーなー」というのが正しい感想なんですね。確かに量子論は通常の論理で理解しようとすると矛盾があるし、イメージが出来ません。本書を読むと科学者も量子の世界がキチンとイメージできていないことがわかります。計算上はきちんと答えが出せるので操作的には納得できるらしいのですが、通常の理解をしようとするときっぱりと撥ねつけられます。それが量子論。

 第2部の井元氏もこういっています。

 直感的には、「波束の収縮」などは奇妙なものでした。しかし、量子力学の理論を信頼して自分でも計算してみると、たしかに、実験で得られたデータなどに合っている。だから、最終的には私は納得することができました。


 シュレーディンガー方程式でもいじらないかぎり、無理してわかろうとしないのがよいようです。


「量子論」を楽しむ本―ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる! (PHP文庫)

「量子論」を楽しむ本―ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる! (PHP文庫)
「相対性理論」を楽しむ本―よくわかるアインシュタインの不思議な世界 (PHP文庫) 最新宇宙論と天文学を楽しむ本―太陽系の謎からインフレーション理論まで (PHP文庫) 宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった (PHP文庫) はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く (講談社現代新書) [図解]量子論がみるみるわかる本(愛蔵版)
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龍馬伝第3回「偽手形の旅」の視聴率22.6%

 岩崎弥太郎(香川照之)の偽手形が関所で見破られた後、どうなったのか。一番視聴者が気になる部分をカットして、弥太郎が助かったことだけを見せたプロットにはがっかりしました。

 それでも視聴率は多少は盛り返して、22.6%。戻ってきた視聴者に不満をもたせてしまったかもしれないと考えると、いかにも残念です。

 次回はいよいよ江戸の千葉道場に舞台が移ります。鬼小町と呼ばれた男勝りの女剣士、千葉佐那(貫地谷しほり)の龍馬(福山雅治)への思いをどう描くのかが興味の焦点です。もちろん脚本家は佐那に龍馬への恋心を持たせるはずです。そうしないと面白くなりません。

 じつは司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んだ時、千葉道場にいる頃の話が私には一番面白かったのです。政治化してからは話しが重くなりますが、このあたりまでは楽しい青春ドラマです。

 政治化してからはまた別の意味で面白いのですが、司馬遼太郎を読み始めた最初の頃はどうも幕末のきなくさい話は好きではありませんでした。

 ともあれ日曜日を楽しみに待つとしましょう。

テーマ : 龍馬伝
ジャンル : テレビ・ラジオ

ヒマラヤの氷河消失、IPCCが誤りを認める

 昨日のヒマラヤの氷河が2035年までに解けてなくなるのは嘘だったというニュースの続きです。

 今度はIPCCが誤りを認めて謝罪しました。

ヒマラヤの氷河消失、報告書は誤りと陳謝

【ワシントン=山田哲朗】国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は20日、声明を発表し、2007年の第4次報告書で「ヒマラヤの氷河が2035年までに解けてなくなる可能性が非常に高い」とした記述は科学的根拠がなく誤りだったと陳謝した。


 記事で紹介されている間違えっぷりがすごいので、リンク先をぜひ読んでください。高校生のコピペ・レポートかってツッコミたくなります。

 こんないい加減なやり方で間違った情報を流した理由には、インパクトのある予測を出したかった、という動機もあるのでしょう。注目を集め、人を動かしたいという気持ちです。しかも、それが利益に誘導されたものであるとしたら、それは恐ろしいことです。

↓寒冷化についても書かれています。いち押しです。
「地球温暖化」論に騙されるな!
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↓冷静に温暖化問題を考えたいなら、こっち。
地球温暖化は本当か? 宇宙から眺めたちょっと先の地球予測 (知りたい★サイエンス)

地球温暖化は本当か? 宇宙から眺めたちょっと先の地球予測 (知りたい★サイエンス)
暴走する「地球温暖化」論―洗脳・煽動・歪曲の数々 温暖化を食いものにする人々 地球温暖化という“都合のよい真実” (別冊宝島 1507 スタディー) CO2温暖化説は間違っている (誰も言わない環境論) 温暖化は憂うべきことだろうか―CO2地球温暖化脅威説の虚構 (シリーズ〈環境問題を考える〉 (1)) 科学者の9割は地球温暖化CO2犯人説はウソだと知っている  (宝島社新書)
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テーマ : 環境問題
ジャンル : ニュース

ヒマラヤ氷河消失の嘘とミニ氷河期説

「25年後にヒマラヤ氷河消失」根拠なし? 英紙が報道

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年に出した第4次評価報告書で、ヒマラヤの氷河が「このまま地球温暖化が続くと、2035年までに消失する可能性が非常に高い」とした記述について科学的根拠がなかったと、英紙サンデー・タイムズが17日付で報じた。


 クライメートゲート事件で明るみに出たホッケースティック捏造に続いて、ヒマラヤ氷河消失の嘘が明らかになりました。そもそも北極と南極の氷河の量に関しても恣意的なデータの出し方がわかっていますし、どうやらIPCCの出してくるデータや予測に対する信頼性は低いものと考えた方がよさそうです。

英紙テレグラフは、IPCCのパチャウリ議長が、温室効果ガスの排出量取引などでもうけている銀行の顧問なども務め、その報酬はパチャウリ氏が理事長を務める団体に振り込まれていると報じている。同紙はパチャウリ氏のIPCC議長としての活動が、団体の活動拡大につながった可能性を示唆。「利益相反」の疑いに言及している。


 パチャウリ議長はその後反論したようですが、排出量取引は商売であり、利権がからんでいるのはもはや常識です。研究者にとってもどのテーマを選ぶかで予算がつくつかないという実利がからんでいます。ゴア元副大統領は環境関連の株で大儲けしたとか。金儲けとは別に動いている政治家はいるのか、客観的に研究している人はどこにいるのか、というような状態です。


海外研究:地球はミニ氷河期に突入か?

英紙「デイリーメール」10日の報道によると、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の重要メンバーであるドイツ・キール大学ライプニッツ研究所は、太平洋および大西洋の水温自然循環の分析により、「地球ミニ氷河期説」を発表したという。実際、コロラド州の米国家雪氷資料センターの数値によると、 2007年より、北極は夏に海面氷結面積がすでに約106万平方キロ増加しており、増加率は26%にのぼったという。「地球ミニ氷河期説」は、北極が 2013年の夏までに、完璧に融けてしまう「地球温暖化説」と1900年から始まった地球温暖化は人類が排出した温室効果ガスが原因であるとのこれまでの認識を覆した。


 欧州では温暖化への懐疑がおおっぴらに語られるようになってきました。そして、ついにIPCCのメンバーからも「地球ミニ氷河期説」が出てきました。

 氷河期説そのものは驚きません。これもひつつの有力説だと思っていましたから。しかし、IPCCのメンバーから発せられたところに意味があります。

 IPCCはかなり言論統制があるようで、温暖化への懐疑は封殺されているようです。それがこのような氷河期説の登場ですから、今後言論統制は破れていろいろと懐疑の声も聞こえてくるかもしれません。

 日本のマスコミからも温暖化への懐疑が噴出し始めてもよい頃ですが、国内では相変わらず温暖化への懐疑はタブーのようです。海外の情報としてウェブに掲載するのは見ますが、せいぜいそれだけです。各メーカーが省エネに代表される温暖化対策の製品を作り始めているので、そうしたスポンサーへの配慮なのでしょうか。

テーマ : 環境問題
ジャンル : ニュース

『東大生はバカになったか』 矛盾する実学と教養の関係

 立花氏は実学は教養ではないと書いています。実学というのは、法学、経済学、商学、工学、医学などです。しかし、一方で教養のミニマムを「日経新聞を初めのページから最後の文化欄のページまでをちゃんと理解できる」こととしています。よく知られているように日経新聞は実学中心の新聞です。経済、商業、工業製品の知識がなければ読めません。法律も税制や商法にかかわることがよく取り上げられます。それなのになぜ日経新聞なのでしょう。これは明らかな矛盾です。

 『東大生はバカになったか』という本は、雑誌論文や講演記録の寄せ集めなので、整合性がとれていないということがありますが、そこに矛盾があるのはやはり氏の頭の中で問題が整理されていないからでしょう。もしかすると時期によって考えが違っているのかもしれませんが、しかし、違ってしまった考えを矛盾したまま一冊の本にしてしまうのはいかがなものでしょう。

 立花氏が実学と教養の関係をどう捉えているのか。きちんとした意見を聞きたいものです。

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ジャンル : 本・雑誌

『東大生はバカになったか』 つづき 日経新聞を理解できるのが最低レベル

東大生はバカになったか (文春文庫)
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 立花氏の考える教養とは何か。

 教養のある人とは人類の知の遺産を相続する人だといいます。「人類の遺産の全体像を把握させるということが、教養教育のもう一つの重要な柱です。」 この全体像にはたんなる知識だけでなく、芸術を鑑賞する能力も含まれます。リベラルアーツ全般ということです。

 それは旧制高校や旧帝大における文系に偏した古典的な教養ではありません。教養は知の全体に及ぶ総合的なものであり、時代に応じたものだというのが、立花氏の考えです。だから現代には現代にふさわしい教養があります。

 氏は教養のミニマム(最低限)は「日経新聞を初めのページから最後の文化欄のページまでをちゃんと理解できる、これが知識の基本ラインである」といいます。新聞のすべてをちゃんと理解出来るというのはかなりのレベルですが、それが最低ラインだといいます。

 さらに常識(=教養のミニマム)のイヴェントリー(財産項目)として、『現代用語の基礎知識』などをあげています。それに加えて社会が要請する常識として入社試験や公務員試験の常識問題集も上げています。 

 最低レベルだけでもかなりのものです。これをクリアする前に、高校までのカリキュラムがすべて消化されていなければなりません。

 一方、教養のマキシマムとはどんなものか。

教養のマキシマムを教えるとは、知の世界が遥か彼方まで広がっているその果てを想像できる地点まで学生を連れて行くということではないかと思います。地の果ての想像がつくというのはどういうことかというと、一つの表現としては、百科事典の記述の向こう側の広がりが想像できるということだと思います。



 曖昧な表現なのでこれ以上の引用はやめますが、要求が高いということだけはわかります。

 以上がおもに知識=エピステーメーの話題であったのに対して、技術=テクネーも必要だといいます。

 現代に必須のテクネーの代表は英語です。それに加えて「現代の教養としての4つの知的能力」があるといいます。

 1.論を立てる能力、2.計画を立てる能力、3.情報能力、4.発想力。

 計画を立てる能力については説明が必要です。それには、計画遂行能力、他人をオーガナイズする能力、チームを作る能力、チームを動かす能力が含まれます。

 さらに「現代のリテラシーとして身につけるべき実践的能力」もあげています。

 1.実践的言語能力(調べて書く能力、人を説得する能力、論争して勝てる能力、コミュニケーター能力)、2.情報を収集する能力、3.実践的プロジェクト遂行能力

 以上が、立花氏の考える教養です。

 かなり広い範囲の知識、技能が必要とされています。当然習得には時間がかかります。アメリカのように大学の4年間は教養教育のために使うべきだという主張はこうした教養に対する理想の高さと関連しています。

 問題は本当にここまでの教養教育が必要なのかどうかです。

 テクネーに関しては現在の日本の大学の欠陥を補い意味でいい提言だとは思うのですが、エピステーメーに関しては、ひとりの人間が習得するには幅が広すぎないでしょうか。その人の必要に応じた内容を効率よく選択できる方がいいというのが普通の考え方でしょう。何でもかんでも知っておくことにそれほどの価値があるのかどうか疑問です。

 そもそも立花氏が例としてあげるアメリカやフランスの大学でどの程度この理想が実現されているのでしょう。漠然とした紹介しかないのでよくわかりません。総花的な知識を理想とする考えについても古い哲学者を例にひくばかりです。もう少し説得的な材料を積み上げてくれればいいのですが、残念ながら本書を読んで、なるほどその通りだ、と賛同する人は少ないでしょう。

 ひとつの教養論としては面白いし、有用かと思いますが、実際に大学でこれを採用すべきかと言うとかなり疑問を感じざるをえません。

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『東大生はバカになったか』 立花隆 百科事典的な教養は必要なのか?

東大生はバカになったか (文春文庫)
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 ジャーナリスト、立花隆氏による東大論、教養論です。

 東大生に教養がないこと、東大生の基礎学力も落ちたこと、この両面において、東大生はバカになったと論じています。

 基礎学力の低下については文部省(文部科学省)のゆとり教育に代表される教科内容の削減が大きな原因であることは明白で、大学の教育レベルを維持するのも困難な事態に至っています。それに加えて入試科目の減少もあり、必要な教科を勉強しないまま学部に進むという従来では考えられないようなことが起きています。

 入試科目の減少の背景には少子化と大学の経営問題、とりわけ学生数確保の問題もからみあい、解決はそれほど単純でないかもしれませんが、大学が高校の授業の補講をするという馬鹿げたことはなるべく早く終わらせる必要があるでしょう。

 しかし、私としては学力問題はたいして興味がないので、ここではおもに教養論について紹介したいと思います。

 まず、歴史的な問題。

 日本の大学はそもそも官吏養成の機関として作られたために、教養ある人間を育てるという意識が低いようです。西洋の大学は比較的、権力とは独立したところがあるのに対して、日本は権力に資することがそもそもの目的です。こうした大学観の違いが大学における教養の位置づけの違いとして現れています。  

 こうした日本の近代教育創生期の時代背景は司馬遼太郎の『坂の上の雲』などを読むとよくわかります。とにかく急いで国を作るという目的のもとに教育の近代化が行われていたので、実学本位、官吏養成本位の体制ができていきました。それには実学重視の福沢諭吉の思想が影響しています。もし西周の考えが大学のあり方に反映されていれば、西洋的な教養教育が重視されただろうと立花氏はいいます。

 次に、教養はなぜ必要なのかという問題。

 立花氏の考える教養は広い範囲の学問の知識、芸術の鑑賞、技能の習得が含まれますが、それがなぜ必要なのかについてはそれほど説得力のある議論をしているとは思えません。氏は、社会に出るとゼネラルな知識が必要だといいます。高い地位にあるほど指導的な立場であるほど、広い知識による総合的な判断が必要だから、教養が必要だといいます。具体的にこの仕事にはこれだけの知識が必要というのならばまだしも、こんな漠然とした議論でいいのでしょうか。

 外交官の例を出して、教養がないとパーティーなどの会話に困るともいいます。西洋のパーティーは人間の値踏みをする場であって、会話や所作に現れる教養のあるなしで人間が判断されてしまいます。しかし、そのときの教養がはたして立花氏が要求する教養と一致しているかは一考の余地があります。パーティーで自国や相手国の文学歴史の話題が出るかもしれません。あまりに教養がなければそれについていけないかもしれません。だからといっても立花氏が理想とするような知の世界の全体像を把握した教養人である必要はあるのでしょうか。量子力学を知らなければ軽蔑されるでしょうか。

 さらに、そのようなパーティーのあり方が正しいのか、それに合わせるべきなのか、という問題もあります。アジアの力が強くなるこれからの時代において西洋の基準に合わせることを重視するべきかという議論があってもよいでしょう。

 細分化しすぎた学問を統合的捉える必要性も語っていますが、それはそのとおりだとしても、氏の考えるほどの幅広い教養が必要かというと話は別です。例えば、新しく起こってきた学問領域には従来の三つの領域にまたがるような知識が必要だとしましょう。それならば、それら三つの領域の知識は必要であっても、それとは無関係な知識はなぜ必要なのかを説明していません。

 立花氏はしばしば専門バカと総花的な教養人の二項対立を前提として話を進めているようです。ほとんどの知識人はその中間にあるはずです。氏はあまりに極端な議論をしているように見えます。

 最後に立花氏の考える教養とは何か。これは次回にでも。

 (つづく)

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

自然災害で一瞬にして都市・文明が消えること

 過去において一瞬にして消えた古代文明や都市があったといいます。バビロン、ポンペイ、アトランティスなどは自然災害によりそれこそ一瞬にして消えたと言われています。

 今回のハイチの大地震の様子を見ていると、このようにして都市は消えるのか、という感慨にとらわれます。

 被害の甚大さ、統治の喪失、復興の難しさ。

 現代だからこそ外国からの援助がありますが、古代においては、たとえ生き残った人がいても再建はできず、やがて別の地へ移るか、そのまま居続けて滅びていったことでしょう。

 日本でもまた古代においては消えた文明、都市があったのでしょう。

 大きな災害にあっても復興できるこということは、それだけ国家の規模が大きく、国力があるということです。生き残った文明が大きな国を作りより災害に対して強い国を作り、文明を発達させます。

 しかし、ある程度大きくなった文明も、国同士がぶつかり、戦争となり、また文明が吸収されたり滅んだりします。

 生物種に淘汰があるように、文明や国家にも淘汰があることをいまさらのように感じます。

テーマ : 地震・天災・自然災害
ジャンル : ニュース

予測されていたハイチの地震

 ハイチの地震の被害は甚大ですね。NHKスペシャルの「MEGAQUAKE 巨大地震」を見た後だったので、ぴったりのタイミングに驚きましたが、どうやらこの地震は専門家が事前に警告していたようです。

ハイチの地震、専門家が事前に警告(2010年1月14日15時05分 読売新聞)

 この記事によれば、ハイチは「プレートが押し合う場所にある日本列島と同様、プレートの力によって断層が生まれやすく、地震の多発地帯」だそうです。

 それなのに被害が大きかったのは、過去の大地震が遠い昔のことだったからです。まさかこんなに大きな地震がくるとは思っていなかったでしょう。建物の壊れ方から見て耐震構造など一切考えていないようです。しかもハイチは貧しい国であり、政治的混乱がつづいています。おそらく政府は地震対策などなにもしていなかったのでしょう。

 この断層の付近では、1751年と70年を最後に、大きな地震は起きていなかったという。USGSの地震学者らは2008年、一帯の岩盤にひずみがたまっており、この力が一度に解放されれば最大でマグニチュード7・2の大地震が起きると警告していた。



 巨大地震はだいたいマグニチュード8以上を指すようです。今回のハイチの地震はマグニチュード7・2。大地震ではあっても巨大とは言わないかもしれませんが、脆弱な構造の建造物ばかりなので、被害も大きくなりました。

 300年ぶりの地震というのは、シアトルと同じです。このくらいの間隔で地震が起こっても、人々の記憶からは消えています。文化レベルが低ければまともな記録も残っていないのが普通でしょう。まったくの想定外の地震だったわけです。

 次に日本で起こる大地震、巨大地震に対して私たちはきちんとした対策をたてて、最小の被害で食い止められるでしょうか。阪神・淡路大震災の時はあまりに無力でした。あそこに大地震が来ることをほとんどの人が考えていませんでした。しかし、今度はそうであってはなりません。


 国は地域は地震の情報をもっと発信すべきでしょう。東海トラフにも南海トラフの大きなエネルギーが溜まっています。とりわけ三重県あたりの危険性は多くの人の想像を遥かに超えます。

 鳩山政権は温暖化よりもこちらに意識を向けた方がいいのではないでしょうか。

テーマ : 地震・天災・自然災害
ジャンル : ニュース

『空気と戦争』 猪瀬直樹 戦前も戦後も官僚主権だ

空気と戦争 (文春新書)
4166605836


 日本はなぜ太平洋戦争に突入したのか。それは空気のせいだ。

 こういってしまうとひどくバカバカしく感じますが、会議などの重要な場面で支配的な空気で物事が決まってしまうことはよくあることです。太平洋戦争でもそういうことがあったというのが著者の猪瀬氏の見解です。

 中国から撤退すれば欧米と衝突せずにすみ、満州と台湾は日本に残る可能性はありました。それに対して陸軍は、「支那の英霊十万」を捨てるのかと明治以来の中国での死者数を上げて反対しました。犬死になるから撤退はしないというのです。

 新聞も国民も戦争を回避すべきではないという雰囲気に満ちていました。 

 こうした状況で客観的であるべき人たちが空気を読んで間違ったデータを作り、戦争での勝利の可能性を示唆してしまった、ここに問題がありました。

 戦争をするための資源、とりわけ石油をどう確保すべきか、これが最重要課題でした。南進すれば石油は確保できるというのが当時の日本の考えです。しかし、それには具体的な数字が必要です。現在の備蓄量、国内の生産量、東南アジアを侵略して獲られる石油量を算出し、さらにそれが輸送できる可能性を検討しなければなりません。加えて国内での消費量、戦争遂行のための必要量を計算し、需要と供給が見合うかどうかを判断しなければなりません。

 ところがこの過程でいろいろと日本的な特質で数字がゆがめられていきます。需要側では官僚的な悪癖である過剰な概算要求が出され、供給側では捏造まがいのデータ作成、空気を読むことでつじつま合わせ、根拠のない楽観的な数値の提示などが行われました。その結果、日米開戦三年後でも十分まかなえるという結論に至ります。

 実際はこれほど単純ではありませんが、図式化するとこんな感じです。そしてこのような誤りは官僚に特徴的であるといいます。

天皇主権でも主権在民でもない官僚主権がつづいているという意味では戦前も戦後も連続している、その視点が歴史意識である。


 なぜ戦争をしたか。
 僕の結論は、そこに軍国主義があったからという理由がすべてではない。
 意思決定のプロセスの中で数字データのインプット・ミスとか、あるいは最終決断にあたっての自己責任の放棄とか、いまも起きていることと同じような日常性が日米戦を呼び込んだのではないか。もちろん世論とか、空気とか、当時と現在では少し違うところはある。でも根本的にはそれほど変わっていない。


 本書で猪瀬氏がいいたかったことはあの戦争のことだけでなく、今も昔も官僚支配が日本を蝕んでいるということです。その場の空気を読んで行動し、ある方針に沿ってつじつま合わせをしていき、その結果がどうあろうと自らは責任を取らない。そういう構造はずっと同じです。

 じつは本書の中心部分は総力戦研究所の模擬内閣による戦争のシミュレーションにあります。30代の若手官僚と民間人によって構成された模擬内閣は、もし戦争をすればどうなるかを検討します。結論は、「日米戦必敗」でした。それなのになぜ戦争に突入したのかを分析しているのが本書の肝です。

 まともに考える力がある人々を集めて外部の影響からある程度切り離して検討をさせれば、正しい結果を出すのに、空気が作用する場面、官僚主義が支配する場面ではそうはいかないこと、それを描き出しているわけです。

 さて、実際の戦争はどうであったか。

 予想外の幸運で、日本はオランダが支配していたインドネシア、スマトラ島のバレンバン油田を無傷で手に入れることができました。

 ところがその石油を運ぶタンカーは、つぎつぎとアメリカ潜水艦のエジキとなる。その経過は、総力戦研究所の想定どおりであった。



 戦争の経過を予想するには、日米の情報収集力、情報分析力、工業生産力、科学兵器の開発力の違いなども考慮に入れる必要があり、一筋縄ではいきませんが、少なくとも想定された重要要因を無視する、あるいは軽視することが必敗の戦争に突入させた原因の一つであることは間違いないようです。

 ちなみに「空気」とは同調行動であると猪瀬氏は考えています。これには社会心理学の有名な実験があり、根拠としては十分かもしれません。しかし、日本語で「空気」といった場合、それは同調行動よりも広い概念であるような気がします。氏が言うように研究が必要なところでしょう。


日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦 (日本の近代 猪瀬直樹著作集) 二宮金次郎はなぜ薪を背負っているのか?―人口減少社会の成長戦略 (文春文庫) ジミーの誕生日 アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」 日本国の研究 (文春文庫) 日本の信義―知の巨星十人と語る
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龍馬伝の視聴率は23.2%→21.0%

龍馬伝の視聴率で検索してくるひとが多いようなので、数字をあげておきます。

第1回視聴率 23.2%
第2回視聴率 21.0%

龍馬伝はNHK総合だけでなく、BShiとBS2でも放映していますし、ケーブルテレビで見ている人もいるので、実際はもう少し多いかもしれません。

NHK大河ドラマでは戦国時代に比べて幕末ものの視聴率が低いことはデータから明らかですが、一番高い視聴率を誇ったのは「篤姫」です。「篤姫」がよかったのは内容に特別な理由があって、あれはホームドラマだからという意見もあります。実際、「篤姫」では政治の流れの説明が少なく、戦闘シーンがほとんどありませんでした。

「篤姫」以前の幕末ものでは「新選組!」がありますが、こちらは初回の視聴率はよかったものの、回を重ねるごとにずるずると数字を下げ、終盤の視聴率は低迷していました。

「龍馬伝」も同じ末路を辿るのではないかと大河ファンは見ているようです。過去のデータからもその予想は正しいように思われますが、…。果たしてどうなるのことか。

幕末ものの平均視聴率

1位 24.5% 篤姫‥‥‥‥‥‥将軍御台所(薩摩、江戸)
2位 24.2% 勝海舟‥‥‥‥‥幕臣(江戸)
3位 23.2% 翔ぶが如く‥‥‥西郷・大久保(薩摩)
4位 21.1% 徳川慶喜‥‥‥‥15代将軍(江戸、水戸)
5位 21.0% 獅子の時代‥‥‥薩摩藩士・会津藩士(薩摩、会津)
6位 20.2% 花の生涯‥‥‥‥井伊直弼(彦根)
7位 19.1% 三姉妹‥‥‥‥‥幕臣(江戸)
8位 19.0% 花神‥‥‥‥‥‥長州藩士(長州)
9位 17.4% 新選組!‥‥‥‥浪士集団(京)
10位14.5% 竜馬がゆく‥‥‥‥土佐郷士(土佐)

参考
暫定4位 22.1% 龍馬伝‥‥‥‥土佐郷士(土佐)


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「龍馬伝」第2回 龍馬は天翔ける龍である

 龍馬伝は第2回も好調。視聴率は落ちましたが、私は楽しんでます。

 前回苦言を呈した末広涼子がよくなりました。シワが目立たない。化粧の仕方を変えたのでしょうか。写し方もよくなったかもしれません。

 加尾(広末涼子)は龍馬(福山雅治)を好きだったわけですが、龍馬が加尾をどう思っていたのか、わかりませんでした。好意はあったけど、恋というほどではないというあたりでしょうか。

 「わしは人の気持ちが分からない」と自分を責める龍馬。これは大きな伏線です。やがて人の心をつかむのが上手くなるのですから、どこでどう変化するのか楽しみです。

 雨中、ひとりで堤を作り続ける龍馬のところに一度持ち場を離れた農民が戻ってくるシーン。戻ってくる心理の変化を描いていないのは物足りなかったです。ここは泣かせどころになったはずです。

 それにしても父親の坂本八平(児玉清)は優しいですね。剣術の先生を訪ねて龍馬のことを聞いたり、頼まれてもいないのに千葉道場への紹介状を書いたりしたのは、幼い頃に母をなくした龍馬を不憫に思っていたのかもしれません。

 それほどでもないのに、江戸行を許すラストシーンは涙を流してしまいました。最近は涙腺がゆるみすぎです。

 一番印象に残ったのは、龍馬の剣道の先生(日根野弁治)のセリフです。「龍馬は強い。強いけんど足りん。足りんけんど大きい。大きいけんどわからん」

 荘子の有名な鵬の話を思い出しました。

 鯤(こん)という巨大な魚が変身して鳥となります。その名前は鵬(ほう)です。「鵬の背、その幾千里なるを知らず。怒りて飛べば、その翼は垂天の雲のごとし。」

 この大きな鵬のことを小さな蝉と若鳩とが笑います。しかし、荘子はいいます。この二匹の生物は何を知っているのか、と。「小知は大知に及ばず、小年は大年に及ばず。」

 人は自分より大きいものが理解できない。理解できないので、ときに笑ったりする、という例えばなしです。

 偉人はしばしば子ども時代を過ごした地元では偉人と思われないといいます。この頃、龍馬が天翔ける龍であると気づいた人はいたでしょうか。少なくとも剣術の先生だけは龍馬が大きすぎて理解できないことには気づいていました(これは創作ですけどね)。のちに武市半平太も龍馬を高く評価する言葉を残しています。

 有名なのはやはり西郷隆盛のものです。「天下に有志あり、余多く之と交わる。然れども度量の大、龍馬に如くもの、未だかつて之を見ず。龍馬の度量や到底測るべからず」

 大人物の西郷だからこそ龍馬の大きさが理解できたのでしょう。いや、西郷ですら測りしれないというのですから、とてつもなく大きな人間だったのでしょう。


竜馬がゆく〈1〉 (文春文庫)

竜馬がゆく〈1〉 (文春文庫)
竜馬がゆく〈2〉 (文春文庫) 竜馬がゆく〈3〉 (文春文庫) 竜馬がゆく〈4〉 (文春文庫) 竜馬がゆく〈5〉 (文春文庫) 竜馬がゆく〈6〉 (文春文庫)
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テーマ : 龍馬伝
ジャンル : テレビ・ラジオ

NHKスペシャル「MEGAQUAKE巨大地震」 三重県が震源地

 NHKスペシャル「MEGAQUAKE巨大地震」を見てびっくりしました。

 日本の地震研究はかなり進んでいて、地震のメカニズムへの理解とともに徐々に予測も立てられるようになってきています。

 陸と海のプレート境界の特に固着した部分を「アスぺリティ」といい、プレートがずれると、ここにひっかかりができ地盤が歪みます。ある程度歪みがたまると歪みは元に戻ろうとして、巨大なエネルギーを発します。これが地震です。

 番組では、巨大地震が日本とアメリカのシアトルに来るという予測を伝えていました。

 じつは300年前にもシアトルを巨大地震が襲ったことがあるそうです。地層にその証拠がみつかっています。原住民の言い伝えにも大地震の話が残っていました。さらに太平洋を隔てた日本にも津波が押し寄せた記録が古文書に見つかりました。前回の地震から300年。これはこの地域での地震周期の最短のものに一致します。いつ巨大地震が来てもおかしくないといいます。

 そして日本でも南海トラフにエネルギーが溜まっていて、三重県あたりが震源地となって広い範囲に地震の影響が及ぶそうです。連鎖的にあちこちで地震がおき、揺れは関東までやってきます。地盤のゆるい関東は揺れが反響しあい20分間揺れ続けると予想されています。地盤がどうなるのか、心配です。

 最終的に日本人の半分が被害を受けるといっていました。まあ、とてつもない話です。

 しかし、地震がくるとわかったとして、どうすればいいのでしょう。引越しというわけにも行かないでしょう。食料の備蓄に励むことしか思いつきません。テントも買っておくべきか。

 温暖化についてはかなりなめている(というか懐疑的な)私ですが、地震はかなりリアルに感じます。

テーマ : NHK
ジャンル : テレビ・ラジオ

『落語家はなぜ噺を忘れないのか』 柳家花緑 志ん朝っていい人だったんだな

落語家はなぜ噺を忘れないのか (角川SSC新書)
4827550530


 ある程度落語を聞いたことがある人ならば、落語家がどんな工夫をしているのかは大体わかっているでしょう。同じ噺でも人によって内容を変えているし、演出も違う。くすぐりの入れ方も様々。演技による空間表現や話しの間が重要なこともわかっています。

 本書はそんな話しが中心なので別に新しいところはありません。噺を覚えるときに稽古をつけてもらうだけでなく、CDやDVDを使うなんて話しがちょっと面白かったくらいです。これも時代が時代ですから当たり前のような気がします。

 もうちょっと知られざる工夫や内幕などがあってもよかったんじゃないでしょうか。あまりにも想定内の話しばかりで驚きや感心もありませんでした。

 興味深かったのは、古今亭志ん朝、柳家小三治、立川談志などとのエピソード。志ん朝師匠がとても親切で優しい人であることがよくわかって嬉しくなりました。志ん朝の落語が好きでCDをけっこう聞いてますが、高座にも人柄が表れていますね。

 花録はおじいさんである五代目柳家小さんのことを何度もほめていますが、正直小さんはつまらない。セリフが棒読みだし、演じ分けもヘタ、単調で退屈です。小さんはなぜつまらないのか、の分析でもあれば面白かったのに、…。著者とはまるで好みが違うのかもしれません。

 落語家が書いた本で面白いのは、古今亭志ん生の『なめくじ艦隊』、三遊亭円丈の『御乱心―落語協会分裂と、円生とその弟子たち』です。とくに御乱心は先日なくなった円楽の嫌なところが存分に表現されていて、読む価値あります。

 花録の落語、以前にテレビで少し聞いたことがありましたが、とくに感心はしませんでした。今はどうなのでしょう。
 
 林家きく姫と事実婚を続けてきたけれど、最近離婚したのだとか。知っていることはそれくらいです。

 ということで、読むなら『御乱心』を。 

なめくじ艦隊―志ん生半生記 (ちくま文庫)
4480025766


御乱心―落語協会分裂と、円生とその弟子たち
4079239289

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『東アジア「反日」トライアングル』 古田博司 戦わなかった中華思想の恨み節

東アジア「反日」トライアングル (文春新書)
4166604678


中国、韓国、北朝鮮の反日の根深さについての分析です。

著者の主張をまとめると、以下のようになります。

・中国への侵略や朝鮮との併合だけが反日の理由ではない。
・中国の中華思想、朝鮮(北朝鮮と韓国)の小中華思想では、日本は劣った国であり、礼(儒教の儀礼や習慣)を知らない国であると見ている。(日本が戦争中や併合時にひどいことをやったという主張はその証明になるので重要。)
・道徳的に劣った「日本に対しては何を言っても、何をやってもいいという志向性を本来的に持っている。」
・中国も韓国も近代化の中にあり(北朝鮮は中世)、国をまとめるためのナショナリズムが必要。
・中国の共産党政府も韓国政府も日本とまともに戦ったことがなく、日本に抵抗し戦ったという嘘の正史を捏造する必要があり、その正史を日本に認めさせるようとしている。(中国において日本と戦ったのは蒋介石の国民党政府。韓国の亡命政権はほとんどなにもできなかった。北朝鮮の場合は、多少なりとも戦ってはいたので、正当性には自信があるらしい。)

 これでわかるように謝罪しても反日は終わりません。むしろ毅然とした態度で歴史の事実を主張することが望ましいと著者はいいます。しかも彼らがそれを受け入れないことも覚悟して。

 たしかにこれら3国の中華思想はかなり強烈です。日本は自分たちより下なのだとなにかと主張したがっているのもその通りです。彼らが日本を道徳的に劣っていると考え、劣等国と見たがることを著者は「道徳的志向性」と呼んでいますが、この道徳的志向性による非難もよくみかけます。彼らの反日は単純な恨みではないということがポイントです。

 日本と戦わなかったことで自分たちを正当化し、賛美する正史が描けないという指摘も新鮮でした。国の指導者が日本と戦わなかったことを隠蔽し、抵抗運動がさかんであったこと、国を守るために必死に戦ったことを嘘の歴史で語ろうとする姿勢の原因の一つがここにあります。

 最近、日韓併合時の朝鮮研究は進んでいて、韓国の主張とはだいぶ違うことも実証されてきました。『幻の三中井百貨店』(林廣茂)や『在日・強制連行の神話』(鄭大均)などはその成果です。中国や韓国の自国の歴史研究は自己の正当性と日本への非難を目的としていて客観性がなく、むしろ日本での研究が進んでいることがなんとも皮肉です。

 本書を読んで、戦後、日本がなぜアメリカに恨みを持ち続けなかったのかわかったような気がしました。天皇を中心とする皇国史観や国体は明治以降の近代化において必要な一時的なものだったのです。もともとの日本人の伝統とはちょっと違います。日本はアジアの辺境にあったでで、強い中華思想を持つ必要もなかったのでしょう。

 太平洋戦争ではアメリカと存分に戦ったことも恨みを残さない理由になりました。やるだけやったというか、やりすぎるほどやりました。だからこそフルラウンド戦い力尽きたボクサーのように、相手は強かった、とサバサバしているのでしょう。それと、水の流すことを美徳とする国民性もあるかと思います。

幻の三中井百貨店―朝鮮を席巻した近江商人・百貨店王の興亡
4891883146


在日・強制連行の神話 (文春新書)
4166603841

テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

「龍馬伝」を絶賛します 弥太郎視点と差別

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」の第1回を見ました。「坂の上の雲」に続いてまたしても泣いてしまいました。歴史ドラマの第1回は製作者側も力が入っているようで、どうしても泣かせる作りになるようです。

 脚本、映像、役者、演出どれもいいですね。特に映像は斬新です。特殊なカメラを使ったそうで、映画っぽい深みのある映像が気に入りました。

 子ども時代のできもよかったです。子役が見事にリトル福山になっていました。子ども時代を引き伸ばさずにさっさと終わらせたのも、テンポ感があってよかったです。

 福山雅治の龍馬も意外にもぴったりでした。けっしてイメージは壊していないし、人間味があるというか、豪傑ではなく、優しさのある龍馬を演じていて、好印象を持ちました。

 弱い龍馬を鍛える姉の乙女の姿もよかったです。寺島しのぶは色っぽい役が多いのですが、この人をまったく色っぽいとは思わない私としては彼女は男の勝りのこの役が向いていると思います。対して父親の八平(児玉清)の存在感の薄さ。これはこれで味があってよかった。

 岩崎弥太郎の視線から描く龍馬ということで、どういうことかと思っていたら、龍馬をライバル視する弥太郎から見れば龍馬はできすぎの「憎い男」ということで、弥太郎と対比的に描こうとするようです。上士に因縁をつけられて切られそうになる弥太郎は勇気がなく情けない男だと思っていた龍馬にかばってもらうことになります。弥太郎にしてみれば、忸怩たる思いがあったはずです。そして視聴者は龍馬の懐の深さというか人間の大きさの片鱗を見ることになります。弥太郎の視点を使ったことは、この第1回に関しては成功しています。

 土佐藩における上士による郷士(下士)差別を強烈に描いていたのも評価できます。この制度というか差別は山内一豊が土佐藩主となったことで、長宗我部の旧臣たちと衝突したことに端を発します。山内系の武士は上士となり、通常の武士として扱われましたが、長宗我部氏の旧臣は郷士となり、多くの差別待遇に甘んじることになりました。この差別を抜きにして土佐藩は語れません。

 こうした差別を身を持って感じていた龍馬はやがて勝海舟と出会い、アメリカという国を知ります。リンカーンが農民出身でありながら大統領になったことに感動し、身分制度のない平等な社会の実現へと夢をふくらませることになります。

 坂本龍馬について多くの視聴者は一通りのことは知っています。ストーリー的にはわかったことをやるわけだし、長丁場です。どうしたって中だるみになるでしょう。どう興味をつないでくれるのか、どんな工夫があるのか、期待したいと思います。

 今回の龍馬伝に難癖をつけるとしたら、広末涼子、です。今の広末に娘役は無理です。アップになるとシワが多くてとても耐えられません。映し方にもう少し工夫があってよかったでしょう。役柄ではなく広末の今がリアルに映ってしまった感があります。

テーマ : 龍馬伝
ジャンル : テレビ・ラジオ

キムタクの英語はそんなにヒドイのか?

年末の紅白を録画で見ました。衝撃シーンはなんといっても木村拓哉の英語がスーザン・ボイルに通じなかったシーン。

キムタクが英語を話し始めたとき、とくにおかしいとも思わずに、スーザンの返事を待っていたので、スーザンが通訳に頼ったのはまったくの想定外。びっくりしました。そして笑った。

キムタクがいったのはこれ。

"Thank you for coming all the way to Japan."
(はるばる日本まで来てくださってありがとうございます。)

内容も文法もおかしくありません。では、キムタクの英語の発音はそんなにひどいのでしょうか。日本人の感覚からするとまったく普通に聞こえたんじゃないでしょうか。重要ではない語句である"all the way"の"all"を強調しているのが気になりますが。

おそらく事前に誰か英語の分かる人を相手に確認くらいしたでしょう。それに自信もあったでしょう。それなのに通じない。キムタクはとんだ恥をかいた格好になりました。

私の解釈はこうです。

英語と言ってもいろいろあって、アメリカやイギリスのネイティブの英語だけが英語ではありません。ヨーロッパのいろいろななまった英語も、南米のアジアのいろいろななまった英語もあります。慣れている人なら聞き分けられるはずです。しかし、自国の人としか話したことがないと違ったタイプの英語は聞き取れないものです。今回のケースはそれでしょう。つまり不幸な出会いなのです。

キムタクを笑うなかれ。これは事故です。多分。

NHKの「英語でしゃべらナイト」でなぜキムタクの英語は通じなかったのか、ぜひ分析して欲しいです。

テーマ : SMAP
ジャンル : アイドル・芸能

『教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化』 竹内洋 西欧文化への憧れなのか?

教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化 (中公新書)
4121017048


 日本における教養主義のあり方を考察しています。

 著者は「教養主義とは、歴史、哲学、文学などの人文系の書籍の読書を中心とした人格主義」と書いています。それは旧制高校を中心に展開されたハビトゥス(社会的に獲得された性向の総体)でもあるともいいます。

 こうした教養主義は都市と地方の文化格差が存在する状況において、地方出身者が都市の教養エリートに抱く憧れであり、西欧文化志向の表れだと著者は主張します。

 なぜそう言えるのか。

 総合雑誌や思想・哲学雑誌の読書傾向を教養主義の指標に使っていて、とりわけ教養的な思想・哲学雑誌をよく読むのは文学部の学生だから教養主義者は文学部に多い、といいます。さらに文学部の出身者には地方出身者が多く、その家庭は農民などの非ホワイトカラー層の子息が多いことを論拠にして、文化的に遅れた地域の子どもが西欧文化に憧れ、読書を通じ都市エリートに並び、また優位に立とうとするために教養を身につけるのだという論旨です。

 地方と都市の文化格差がなくなれば、憧れもなくなり、教養主義も没落します。また、学生が増えて、エリートではなくなってしまえば、学生はたんなるサラリーマン予備軍となります。将来彼は身分的特権を伴なう教養人になるのではなく、機能的知識人にならなければなりません。もはや教養主義など邪魔なだけというわけです。

 私の感じた感想と疑問を少し書いておきましょう。

 思想・哲学雑誌が文学部で比較的よく読まれたり、教養主義が文学部と親和性が高いのは当然でしょう。そもそも教養主義を、「歴史、哲学、文学などの人文系の書籍の読書を中心とした人格主義」と定義してしまえば、文学部でやることが教養です、と言っているようなものです。文学部が教養主義の「奥の院」となるのは当たり前です。そんなに重々しく語るほどのこともありません。

 むしろ問題は地方出身者はなぜ文学部に多いのか、という点です。それを文化的生活への憧れだけで説明できるのでしょうか。例えば、農家の子どもは社会の仕組をよく知らないから文学部へ進む、という説明も可能です。就職や職業生活に有利な学部を選ぶなら、文学部よりも法学部、経済学、理工学部などを選ぶでしょうが、農村出身者はそういう事情がよくわかっていないのかもしれません。ホワイトカラー層の親ならば、企業ではどんな学部の出身者が有利かどうかも知ってます。それが子どもの学部選択に影響することは当然あるはずです。また、農家の子息ならば家を継ぐことができます。就職を考慮しないで学部を選ぶ自由もあります。それも影響していないでしょうか。

 マルクス主義が学生の教養主義の旗印となったときに、地方出身者とマルクス主義は親和性が高いことを著者は意外な方法で説明していますが、ではその頃、地方出身者は経済学部でマルクス経済を勉強していたのでしょうか。その時期に地方出身者が文学部から経済学部へ選択をシフトしたのなら、なるほどとも思いますが、そういうデータはあげられていません。

 なかなか面白くはありますが、データ不足と説明の偏りがあるように思えます。引用部分についても都合のいい証言を集めたような印象も持ちます。

 しかし、amazonでの評価がとても高いし、なかなか興味深いことが書かれています。実際には私もそう否定的に読んだわけでもありません。そうかもしれないなあ、と思いながら読んでいます。教養や学生文化について関心があるのなら、読んで損はない一冊です。


丸山眞男の時代―大学・知識人・ジャーナリズム (中公新書) グロテスクな教養 (ちくま新書(539)) 立志・苦学・出世―受験生の社会史 (講談社現代新書) 学問の下流化 「教養」とは何か (講談社現代新書)
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ジャンル : 本・雑誌

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Author:Cozy
情報処理系講師、フリーライター。減速生活者にしてB級遊民。

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