スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

外事警察 第3回「囮」 住本の心の闇こそがドラマの焦点なのだ

 外事警察の第3回もよかった。高まる緊張感。まだまだ失速しません。

 住本(渡部篤郎)の読みどおりに動き始める下村愛子(石田ゆり子)。もともと冒険的な女性だったのかもしれません。不倫はその片鱗です。彼女は外事の協力者としての仕事に面白さを感じはじめました。「自分がこわい」といいますが、本来の彼女らしさが目覚めているのでしょう。
  
 住本は松沢陽菜(尾野真千子)に指示を出します。愛子に利益供与することで「今のうちにズブズブにするんだ」と。愛子は「自分こそが彼らを利用している」のだといいます。今はまだ利害が一致しているので、両者はウィンウィンの関係でいられますが、さてそれがどこかでつまずくのでしょうか。

 住本の過去がある程度わかってきました。子どもの頃、植物人間になった警察官の父親を母親が首を絞めて殺そうとして果たせず泣き崩れます。それを見ていた住本少年が今度は父親のネクタイで父親を殺そうとして、母親に止められる。その後の住本の行動を決定付けるトラウマになっている事件なのでしょう。

 彼の中では自分は間違ったことをしたのではないという思いがあります。父親は生前「母さんを守るんだぞ」と言葉を残しています。自分では父親殺しは母親を助けることでもありました。

 愛子に対して夫を殺したいと思ったとしても、それは誰だったそう思うのだと理解をしたようなことを言いますが、それは自分への言葉でもあります。彼は自分のやろうとしたことを正当化したいのです。むしろ愛子の同意を得たいと彼は思っていました。

 愛子が協力者としての務めを果たした後、彼女は住本に言います。私はあなたと違う、と。「私は夫を殺そうと思ったことはありません」ときっぱりいいます。本心なのかどうかは知りませんが、住本はこの言葉により自分の心の闇を深めてしまいました。

 住本と家族の間にも距離ができてしまいました。身の回りに危険が迫っていることを感じた住本は有無を言わさず、妻と娘を実家に帰そうとします。「自分を信じろ」と彼は言いますが、妻は「あなたは誰。どんな仕事をしているの」と無表情で住本に問います。

 住本の孤独。家族団らんを装っていた住本に明白になる孤独感。俺は誰なのだ、何のためにこの仕事をしているのだ、という問いもまた発生しているに違いありません。

 外事警察は残り3回。テロが実行されるのか、どう阻止するのかに焦点が移りますが。住本の内面の問題。家族との関係もまたどうなるか興味深いところです。

スポンサーサイト

テーマ : ドラマ感想
ジャンル : テレビ・ラジオ

『考古学から見た日本人』  大塚初重 … 発見のたびに覆る古代日本人のイメージ

考古学から見た日本人 (青春新書INTELLIGENCE)
4413041623


 私たちはどこから来たのか、自分とは何かを考えたときに、人間とは何かという疑問に行きつき、それがいずれ日本人とは何かという疑問にも行きつきます。そのとき、耳を傾けるべき学問のひとつが考古学です。

 考古学の発見を語りながら日本人のルーツを解き明かす本書ですが、驚くのは考古学の定説が頻繁にひっくり返ることです。新しい発見があれば、それをもとに説が組み立てられ、やがて次の発見で前の説はくつがえり、といったことがしょっちゅう起っています。これは考古学という学問の宿命なのでしょう。

 たとえば、縄文土器が見つかる。いつごろ作られたものだと推定されます。その年代が今までよりも古ければ、縄文時代の開始時期がそれだけ昔だとされます。そして、さらに古い縄文土器が見つかれば、縄文時代は開始はさらに古くなります。

 定説がくつがえるのは発見だけではありません。科学的分析法が発達することでも新しいことがわかるようになりました。遺骨や遺物の年代の測定がより正確になり、土器に残された脂肪酸分析により何を食べていたかがわかるようにもなりました。

 かつて稲作は弥生時代から始まったとされていました。渡来人が稲作の技術を持ってきて、稲作がはじまったのだといわれていました。しかし、今では縄文時代にも稲作があったことが定説となっています。

 本書を読むと以前知っていた日本の先史時代の常識が次々と刷新されていたことに驚きます。

 ほかにも縄文人の食事、建築物、人骨にまつわる面白い話がいろいろ書かれています。

 意外だったのは縄文人の食事です。けっこう豊富な食材を使い、多彩な料理法で食事をしていたことがわかっています。木の実や魚介類はもちろん、動物では鹿、いのしし、カモシカ、熊、たぬき、リス、ウサギ、鴨、イルカ、トド、鯨、アザラシ、オットセイ。

 哺乳類60種以上、貝類350種以上、魚類70種以上、鳥類35種以上、植物性食料55種以上にのぼっているそうです。

 縄文流メニューとしては、蒸しパン、クッキー、せんべい、シチュー、ダンゴ汁のようなものがあったといいます。寿司や醤油のルーツ(別物ともいえますが)も縄文時代に見られます。

 邪馬台国論争にも触れていますが、決定的な証拠が出てこない限り、この論争に決着はつきそうもありません。

 日本人とは何かを知りたい人、かつて学校で習った日本の歴史、とりわけ縄文、弥生時代が今どうなっているかを知りたい人にお勧めです。


テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『この国のかたち一』 司馬遼太郎 … 坂の上の雲、の後に日本はどう変わったか

この国のかたち〈1〉 (文春文庫)
4167105608


 軍国化し、無謀な戦争を重ねた時期の日本は日本の歴史の中にあって例外的な時期であると司馬氏はいいます。あれは本来の日本ではない、と。

 そして、ああいうおかしな事態になったのは統帥権というもののおかしさ、違法性のある統帥権を放置したおかしさに大きな原因があるのだ、といいます。

 司馬遼太郎は『坂の上の雲』よりも後の時代、日中戦争や太平洋戦争は小説に書いていません。多くのファンはそれを読みたかったでしょうが、書きませんでした。そのかわり、エッセイの形で文章を残しています。『この国のかたち』もそのひとつです。

 軍事国家日本の時代には国体ということが言われました。それはまさに国のかたちです。かつての日本とは違う国のかたちです。日本の歴史においてどう国のかたちが変遷したのか。それを語る本書は司馬文学の欠落を埋めるもののひとつです。

 司馬ファンならば読むべきシリーズのようです。文庫で1~6まであります。少しずつ読んでいこうと思います。 

↓この後、日本はどう国のかたちをかえていったのか。日本人なら読むべし。

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
坂の上の雲〈2〉 (文春文庫) 坂の上の雲〈3〉 (文春文庫) 坂の上の雲〈4〉 (文春文庫) 坂の上の雲〈5〉 (文春文庫) 坂の上の雲〈6〉 (文春文庫)
by G-Tools

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

国立環境研究所地球環境研究センター・江守正多氏が防衛的コメント

 温暖化リスク評価研究室室長・江守正多氏の反論がどんなものになるのかと興味を持って読みましたが、「ブログなどに断片的に現れた流出メールを見ただけで判断してコメントすることは控えておきます。」と完全な肩透かし。

 研究者なら英文の流出メールは簡単に読めるだろうし、海外メディアでの紹介の様子も知っているはずなのに、あっさり逃げてしまいました。拙速にコメントすることを避けたいのかもしれませんが、長文のコラムですから、何かコメントしてくれてもよさそうなものです。

 さらに「メールの文章が前後の文脈から切り離されて一人歩きすることで、メールを書いた個人やその研究が「不当な非難」を受けることがないように祈ります。」と、書いています。一見まっとうそうな発言ですが、専門家ならばそうならないように正しい読み方でも披瀝してもらえたらよかったのに、と思います。

 それにこの文章。すべて読まなければ、そして、一部の引用だけならば、それは「不当な非難」だといえると主張しているのと同じです。つまり予防線を張っているのです。江守氏がかなり強烈な守りの姿勢に入ったことをうかがわせます。

 さらに一般論は続きます。

しかしながら、違法な手段で世の中にさらされてしまったものとはいえ、このメールの中から、仮に科学的に不健全なデータ操作を研究者がしていたことなどが明らかになったとしたら、この研究者は誠実に対応し、必要な訂正などがあればきちんとすべきであろうと、個人的には思います。



 何を言うのかと思ったら、あまりに普通です。専門家にそんな普通のコメントは期待していませんが、最初からコメントしないと宣言していますから、どうしようもないですね。

 気になったのは次の一文。

 ただし、過去1000年の気温変動に関するIPCCの結論が万が一これに影響を受けたとしても、いわゆる「人為起源温暖化説」の全体が揺らぐわけではまったくないことに注意してください。第1回のコラムで説明したように、「人為起源温暖化説」の主要な根拠は、「近年の気温上昇が異常であるから」ではなく、「近年の気温上昇が人為起源温室効果ガスの影響を勘定に入れないと量的に説明できないから」なのですから。



 これってどうなんでしょう。温暖化の気温上昇が急だからこそ、世界中で対応を考えているわけです。地球温暖化は政治問題であり、経済問題です。すでに世界は動いてしまっています。

 それなのに、そんなの関係ないとばかりに、気温上昇には人為起源の影響があることだけに問題を矮小化しています。それだけのことなら、こんな大問題にはならないし、CO2削減をこんなに必死になって競うあう必要もありません。気温上昇が大きいのか大きくないのかを論じるのは喫緊の課題ではないでしょうか。

 もし、地球は大して温暖化しておらず、CO2は温暖化の原因のひとつであり、ほんの少しかもしれないけど、影響ありますよ、なんて程度の話なら、莫大な予算を温暖化対策に振り向ける必要もなく、研究に多額の予算をつける必要もなく、ドラスティックに環境政策を変更する必要もありません。化石燃料から太陽光発電などへのゆったりした移行でも十分対応できるでしょう。

 研究者が先導して地球温暖化問題を政治化したことを考慮に入れなければ、専門研究者の責任ある発言とはいえません。

 江守氏以外にも温暖化問題の研究者は多数おります。どんなコメントが出てくるのか、注視したいと思います。

引用元:温暖化科学の虚実 研究の現場から「斬る」!(江守正多)「過去1000年の気温変動の虚実(09/11/27)

地球温暖化のしくみ (図解雑学)
江守正多
4816345140

地球温暖化は本当か? 宇宙から眺めたちょっと先の地球予測 (知りたい★サイエンス)
477413001X

「地球温暖化」論に騙されるな!
4062147211

テーマ : 環境問題・地球温暖化
ジャンル : ライフ

日経ネットに登場「地球温暖化データにねつ造疑惑」

 地球温暖化のデータ捏造問題がついに日本メディアにも登場しました。

 場所は、日経ネット内の日経エコロミーの環話Q題というコーナー。。[急]地球温暖化データにねつ造疑惑(09/11/26)というタイトルのコラムです。

 紙の新聞じゃなくてウェブ上の一コラムというのがさみしいですね。

 まずはデータは捏造疑惑を指摘した箇所を引用します。

そこで注目されたのが有名な「ホッケースティック曲線」だ。過去1000年間にほぼ横ばいだった気温が、温室効果ガスの排出が増えた20世紀後半に急上昇したことを示す。IPCC報告書でもたびたび引用されたが、あいまいなデータ処理が以前から問題視されていた。メールの中で、フィル・ジョーンズCRU所長は1960年代からの気温下降を隠すことで、80年代からの上昇を誇張するデータのtrick(ごまかし)があったことを示唆している。



 次に、地球温暖化懐疑派をIPCCから排除した事実について、です。

さらにメールでは、2001年にまとめられたIPCC第3次報告書の代表執筆者のひとりだったジョーンズ所長が、懐疑派の学者に対して「報告書に論文を掲載しない」「論文誌の編集からはずす」「CRUのデータにアクセスさせない」といった圧力を加えたことがつづられている。



 このようにIPCCは温暖化懐疑派の意見をつぶし、IPCCから排除しようとしていたのです。

 彼らは結論ありきで報告書を作成しています。地球温暖化説を批判をさせず、自分たちの望む「地球温暖化が急速に進行している」という主張を結論付けることを第一目標としていたのです。

 科学というのは反証可能性が唯一のよりどころです。反証をさせない態度は当然科学的ではありません。その信頼性が大きくゆらぐことは間違いありません。

 この問題、すべてを明るみに出した上で、検証のやりなおしが必要ですね。

 今日になって国立環境研究所地球環境研究センター温暖化リスク評価研究室室長の江守正多氏のコメント(コラム)が発表されています。江守氏はいわば、地球温暖化で飯を食っている一人です。どんなコメントをするのか興味津々です。コラムを読んだらまた報告いたします。

温暖化科学の虚実 研究の現場から「斬る」!(江守正多)「過去1000年の気温変動の虚実(09/11/27)

テーマ : 環境問題・地球温暖化
ジャンル : ライフ

格差社会高まるストレス、高所得層も死亡率増

格差社会高まるストレス、高所得層も死亡率増 (YOMIURI ONLINE)
 社会の所得格差が大きくなると、貧困層だけでなく中間層や高所得層でも死亡する危険性が高まることが、山梨大の近藤尚己助教らの大規模なデータ分析で分かった。

 社会のきずなが薄れ、ストレスが高まるのが原因らしい。英医師会誌に発表した。
  (略)
 格差の指標となるジニ係数が「格差が広く意識され始める」目安とされる0・3を超えると、0・05上がるごとに、一人一人が死亡する危険性が9%ずつ増えていた。影響はどの所得層や年齢層でも、男女ともに表れた。


 じつは同じようなことは以前から指摘されていました。それを踏まえての研究でしょう。

 シュテファン・クラインの『幸せの公式―人生を楽しむ「脳力」を育てましょう』には、貧富の差のある国は平均寿命が短く、富が公平に分配されていると長生きすると書かれています。

 つまり長生きをする秘訣は絶対的な豊かさではなく、富が分散され、公平に分配されていることにあるのです。これはまた先進国をみてもわかります。スウェーデンと日本は貧富の差が非常に少ないところです。
社会的にはまったく違った制度の国なのにもかかわらず、両国ともトップクラスの長寿国です。その反対に不公平がひどくなっているところでは、寿命は短くなっていきます。ドイツは、この両方の面で先進国の真ん中あたりにいます。


 実際はいろいろな要因が平均寿命に関与しているのは間違いありません。多くの飢餓が発生するような貧困はそれだけで平均寿命を引き下げることになるでしょうし、医療制度も関係するでしょう。

 しかし、他の条件を除外して考えると、このような傾向が見えてくるようです。

 富の追求はいずれ幸福の頭打ちにあいます。限界効用逓減の法則です。そうであるならば、一部の人間が狂ったように富を蓄積するよりも、適度に富が分配される社会の方が幸福の総量が増えます。つまり、ベンサムの「最大多数の最大幸福」です。

 Wikipediaによれば、その意味は「個人の幸福の総計が社会全体の幸福であり、社会全体の幸福を最大化すべきである」ということです。これを後にベンサムは「最大幸福原理」(the greatest happiness principle)と呼び変えています。

 国家はこの最大幸福原理を目指すべきではないかと私は考えています。

 問題はその実現方法です。ただ分配すればいいってものではないでしょう。ある程度の競争も必要でしょうし、私有財産も否定すべきものとは思えません。逆に無制限の自由競争がこの原理を実現しないこともはっきりしています。

 となるとその中間ということになりますが、それはある意味当たり前の話で、何も言っていないに等しい。

 どんな社会にすべきかということはこのような研究を多く重ねて、ある程度科学に裏打ちされた政策を取るべきではないかと思います。

 スパコンもいいでしょうが、この手の研究に援助をすることは素晴らしい投資になるし、いずれは国家運営のコストを下げることにつながるでしょう。


幸せの公式―人生を楽しむ「脳力」を育てましょう
Stefan Klein
4062127644

テーマ : 健康
ジャンル : ヘルス・ダイエット

データ捏造メールに関するニューヨークタイムズの記事

昨日投稿した「地球温暖化でデータ捏造が発覚」に関するニューヨークタイムズの記事です。

Hacked E-Mail Is New Fodder for Climate Dispute (The New York Times)
Hundreds of private e-mail messages and documents hacked from a computer server at a British university are causing a stir among global warming skeptics, who say they show that climate scientists conspired to overstate the case for a human influence on climate change.


訳:イギリスの大学のコンピュータサーバーからハッキングされた数百の私的な電子メールメッセージと文書が地球温暖化懐疑論者の間で物議を呼んでいる。地球温暖化懐疑論者は、それらが気候科学者が気候変動に対して人間が影響しているという主張を誇張しようと企んだことを示すものだと言っている。

以下は、ニューヨークタイムズで読んでください。

テーマ : 環境・資源・エネルギー
ジャンル : 政治・経済

地球温暖化でデータ捏造が発覚

 IPCCの科学者のメールがハッカーにより持ち出され公開されました。内容はなんと地球温暖化のデータを捏造したというものです。

 地球温暖化そのものが嘘であるなら、その原因がCO2かどうかなどはどうでもいい話となって、CO2削減をめぐる議論が根底から覆ることになります。


IPCCの「データ捏造」疑惑

これはホッケースティック曲線として知られる、20世紀になって急速に地表の平均気温が上がったとするデータについての議論である。文中のMikeとは、ホッケースティックのデータを発表したMichael Mannのことで、「80年代以降の気温上昇を過大に見せ、60年代からの下降を隠す」工作を行なったことをのべている。ホッケースティックのデータが捏造されたのではないかという疑惑については、全米科学アカデミーが調査し、IPCCの第4次評価報告書からは削除された。このEメールは、捏造疑惑を裏づけるものといえよう。

池田信夫blog&BLOGOS


 地球温暖化の研究およびその対策には多くの予算が組まれ、税金がつぎ込まれています。それも世界的な規模で行われていています。それが嘘であったとなれば、いったいどうなってしまうのでしょうか。すでに世界は地球温暖化対策という方向に動き出しています。どうやって止めるのでしょう。

 日本もCO2・25%削減なんて目標を立てています。本当のところはどうなのか今一度実態の調査をした方がいいんじゃないでしょうか。

 ただ、石油などの化石燃料に限りがあるのは事実です。太陽光発電にシフトする政策の方向性そのものは間違ってはいませんが、その進め方は大きく変えざるを得ないでしょう。

 それにしてもなんでこのニュース、日本では話題になっていないのでしょうか。

テーマ : 環境問題・地球温暖化
ジャンル : ライフ

『外事警察』第2回 女が心の闇をさらけだせば

 いよいよ石田ゆり子が登場。なんとなく男運のない薄幸感を漂わせる女優ですが(別に根拠はありません。私の印象です)、今回は心の闇を抱えた女性を演じます。

 最初、下村愛子(石田ゆり子)は交通事故で美容師の夫を失って、一人でヘアサロンを続けながら、自宅で夫を介護するけなげな女性として登場します。

 しかし、住本(渡部篤郎)は松沢陽菜(尾野真千子)に下村愛子のすべて調べさせ、彼女に捜査協力させるために彼女の闇を暴きたてます。実際には自分の不倫が自動車事故を引き起こし、夫を植物人間にしてしまったのでした。

 だから罪滅ぼしに介護をしている、というストーリーはやはり一面にすぎません。「それは自己満足だ」と住本は下村(石田ゆり子)にいいます。「あなたはいくらでも大それたことができる女だ」とも。

 この女の本性はもっと暗いのだ。欲望が強く、それに引きづられる女だと住本は知っています。そして夫に対するすまなさを感じている裏では、植物状態の夫を介護するというこの状況からどうしても逃れたいと考えているはずだと。

 松沢(尾野真千子)は、住本の挑発的な暴露によって下村愛子の信頼は得られなくなった。協力は得られなくなった と思い、涙を浮かべて住本を責めました。

 しかし、住本は読みはまったく違います。自分の悪をさらけ出されてしまえば、人は開き直るのだと、体裁を捨てて自分の欲望に従って行動するだろうと考えています。こういう女が心の闇をさらけだせばいくらでも大それたことができるはずだ、と。

 そういう気持ちの変化の最初の表れが下村愛子が住本の言い放った「出てけ」です。ここで何かが変わったことを住本は知ります。彼女が協力者になるのは時間の問題だと感じます。

 今回は尾野真千子の演技がよかったです。同情ややましさや悔しさや葛藤や難しい演技を要求される場面が多いのに見事に演じていました。ラストシーンの涙を振り切るシーンも印象的です。

 ストーリーはずぶずぶと深みにはまっていきます。暗い、あまりに暗いこのドラマはどこを目指しているのでしょうか。

テーマ : ドラマ感想
ジャンル : テレビ・ラジオ

映画 『ムーラン・ルージュ』 愛という名のエゴイズム

ムーラン・ルージュ [DVD]
B001EI5M50



 ニコール・キッドマン、ユアン・マクレガー主演のミュージカル映画です。

 娼婦でキャバレーのショーガールであるサティーン(ニコール・キッドマン)に貧乏な作家であるクリスチャン(ユアン・マクレガー)が恋をするという話。

 「この世で一番幸福なのは、愛し愛されること」なんてセリフを繰り返し、オーバーな感情表現に満ちたファンタジーを展開しますが、徹底的にだまされてコケにされるウースター公爵(リチャード・ロクスバーグ)がかわいそう過ぎます。

 だまされ、金を取られ、傷つけられ。クリスチャンを殺したくなるのも当然でしょう。

 最後は主人公サティーンを死なせることでケリをつけましたが、彼女はある意味悪役ですから、こうでもしないとバランスが取れません。

 これがもしサティーンとクリスチャンが結ばれるハッピーエンドなら、エゴイズムの勝利となってしまうところでした。なにしろこの映画は控えめにいっても、愛の映画というよりも愛という名のエゴイズム映画ですから。

 こういう安っぽいお涙頂戴的エンディングを好きな人も多いでしょう。美しい音楽とオーバーな演技で盛り上げ、感動させる要素はいろいろ詰め込まれています。しかし、私はストーリー的に納得できない印象を持ち続けました。

 映像はこってます。演出はしゃれているというよりもふざけていて、やりすぎ感がありますが、世紀末のパリのキャバレーという設定にはあっています。

 音楽は時代設定を完全に無視して、"Your Song"、 "Like a Virgin"、 "Roxanne"なんて曲を使っています。めまぐるしい曲の展開や新しいアレンジに面白さも感じますが、違和感もあります。

 でも、やりきった感はあります。挑戦的なミュージカル映画です。新しい映像体験や不思議な雰囲気に満ちています。そういう点では、ああ、よくやったよね、とほめたくなりました。

 それとユアン・マクレガーの歌がよかったこと。しばしば引き込まれました。これはマクレガーを楽しむ映画かもしれません。キッドマンも色っぽいけど、やはりマクレガーがよかったです。


シカゴ [DVD] ウエスト・サイド物語 [DVD] ムーラン・ルージュ プラダを着た悪魔 (特別編) [DVD] ロミオ&ジュリエット [DVD]
by G-Tools

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

『夜と霧』 その3 実存分析は神のいる思想

 生きる意味を求める人間に生きる意味を与えなければ絶望してしまうとフランクルはいい、ニーチェの有名な言葉を引用します。「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。



 ここはフランクルの思想の白眉といえる部分です。「生きる意味」についての独自の発想がここにあります。

もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。



生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。



すべての状況はたった一度、ふたつとないしかたで現象するのであり、そのたびに問いにたいするたったひとつの、ふたつとない正しい「答え」だけを受け入れる。そしてその答えは、具体的な状況にすでに用意されているのだ。



 正直言って私にはわかりづらい考えです。人生が待っているとか人生が問うという表現に違和感を覚えます。いってしまえば、それは擬人化ですから。

 確かにある状況においてはある行動をしなければならないということはあるでしょう。しかしそれは常にあるわけではないし、唯一の答えがあるわけでもありません。少なくとも私はそう思います。

 なぜフランクルは状況にはなすべきただひとつの答えがあるというのでしょう。理由がわかりません。そういう思想なのだとしかいいようがありません。

 このフランクルの発想に共感し、生きる意味を見出す人もいるようです。感動したという意見もよく見ます。しかしそれは一種の信仰です。ある価値や意味を信じることは、論理ではなく、信じるという心情によってのみ支えられています。

 フランクルの思想はじつに西洋的です。地上を越えた超越者を想定したような発想が原点にあります。逆に言えば、そういう考え方が自然にできる人でないとついていけないところがあります。

 私にはむしろ次のフランクルの独白の方が正直であるように思えます。

解放された人びとが強制収容所のすべての体験を振り返り、奇妙な感覚に襲われる日がやってくる。収容所の日々が要請したあれらすべてのことに、どうして耐え忍ぶことができたのか、われながらさっぱりわからないのだ。



 本書を読むと、わからないものに無理やり理屈をつけてしまったような印象を持ちます。その核心部分がまさにその無理な理屈に見えます。

収容所で体験したすべてがただの悪夢以上のなにかだと思える日も、いつかは訪れるのだろう。ふるさとにもどった人びとのすべての経験は、あれほど苦悩したあとでは、もはやこの世には神よりほかに恐れるものはないという、高い代償であがなった感慨によって完成するのだ。



 はからずもこの最後の言葉に彼の発想の原点がどこにあるかが示されています。 「この世には神よりほかに恐れるものはない」。フランクルの実存分析はまさに神のいる思想に属します。


夜と霧 新版
池田 香代子
4622039702

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『夜と霧』 その2 未来を信じることは諸刃の剣

 本書の後半でフランクルは生き残った人はなぜ生き残ったのだろうかとの問いに答えようとします。

 フランクルの答えを平たく表現すれば、絶望しなかった人が生き残った、となります。

 しかし、彼の体験を読めば、そのたび重なる偶然、幸運の連続に驚きます。そして彼自身は保身のためにうまく立ち回りもしました。

 生き残った人は運がよかった。フランクルがこの事実を強調しなかったことはじつに不思議です。

 一方では、運がいいだけで生き残れなかったことも事実です。絶望して死んでいった人もいました。

 感情の消滅とは矛盾しますが、ささやかな美への感動、祈り、ユーモアについても彼は報告しています。絶望をしていない人には、わずかながらも人間的な心は失われてはいなかったのかもしれません。いや、逆にそういう気持ちを持っているからこそ、絶望しにくかったのかもしれません。

 そしてとりわけ重要なことは、未来を信じている間は人は絶望しなかったことでした。

自分の未来をもはや信じることができなくなった者は、収容所内で破綻した。そういう人は未来とともに精神的なよりどころを失い、精神的に自分を見捨て、身体的にも精神的にも破綻していったのだ。


 
 しかし、未来を信じることは諸刃の剣です。

 たとえば、自分が解放される予言を夢に見た人はその予言の期日が近づき、開放の可能性がないことに気づくと病魔に襲われ、予言された翌日に死にました。クリスマスには収容所が出られるのだとの希望を抱いていた人たちも多くいました。クリスマスが過ぎ、自分たちが開放されないことを知ると、彼らは絶望して死んでいきました。

 絶望をしないためには、裏切られることのないような形で未来を信じる必要があります。たとえば、収容所を出られたらなになにをしよう、というように。

 フランクルはしばしば収容所の体験を多くの聴衆の前で講演する自分の姿を想像しました。この方法は賢明です。いつまでに出られるという期限付きの空想ではなく、期限をきめていないからです。期限を限って、いつまでにここを出られると考えるのは危険です。実現しなければ絶望がやってくるからです。

 (もっともこの空想をもって未来を信じているといえるのかどうか。空想への逃避とも言えなくもありません)

 しかし、あまりにも長く収容所生活が続けば、未来を信じ続けるのも難しくなるのは当然でしょう。うまく自分をだまつづけることにも限界があります。

 (つづく)


夜と霧 新版
池田 香代子
4622039702

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『夜と霧』 ヴィクトール・E.フランクル、池田香代子訳

夜と霧 新版
池田 香代子
4622039702


 原題は『…それでも生にしかりと言う 心理学者、強制収容所を体験する』

 ずいぶん昔に買った霜山徳爾訳の『夜と霧』は読みにくいし、つまらない解説がついているのでので、手付かずのままにしてありました。今回は新訳となる池田香代子訳で読みました。こちらは変な解説もないし読みやすいです。

 霜山訳は1947年刊の旧版を使っていましたが、池田訳は1977年刊の新版から訳出しています。

 第2次世界大戦下、ユダヤ人精神科医のフランクルはドイツの強制収容所に収容されました。本書は、そこでの体験、とりわけ心理面での人間の変化、人々の反応に着目して書かれています。

 すさまじく過酷な状況にあって人間に訪れるのは、「感情の消滅や鈍磨、内面の冷淡さと無関心」でした。後に収容所から開放された後にも喜びに浸ることなく、しばらくは現実感がない状態が続きますが、これをフランクルは離人症と捉えています。感情の消滅や無関心は離人症による現実逃避、現実の回避の現われなのでしょう。

 過酷な状況では内面への逃避も行われます。フランクルは自分の妻を思い浮かべることで慰めを得ました。

 人は、この世にもはやなにも残されていなくても、心の底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれるということを、私は理解したのだ


 その後、愛を絶賛する文章が続きますが、要するに空想による現実逃避です。フランクルにそういう冷静な表現ができないのは、思想的バイアスがかかっているからです。無理にでも人生に価値を見出そうとする彼の思想の特徴ゆえのバイアスです。

 実際にはフランクルの妻は死んでいました。収容所にいるときにその事実を知らされていたら、こんな空想に浸ることは難しかったに違いありません。そのような反論を予期してフランクルはこう書きます。

 そのとき、あることに思い至った。妻がまだ生きているかどうか、まったくわからないではないか!
 そしてわたしは知り、学んだのだ。愛は生身の人間の存在とはほとんど関係なく、愛する妻の精神的な存在、つまり(哲学者のおいう)「本質」に深くかかわっている、ということを。(略)
 もしもあのとき、妻はとっくに死んでいると知っていたとしても、かまわず心のなかでひたすら愛する妻を見つめていただろう。心のなかで会話することに、同じように熱心だったろうし、それにより同じように満たされたことだろう。


 妻の死を知らされなかったからこそ言える言葉です。さきほどあなたの妻はガス室で死にましたとでも教えられたら、こんなことは書けるはずもないでしょう。フランクルは「妻はとっくに死んでいると知っていたとしても」と書きましたが、「とっくに」と条件をつける理由は何でしょう。彼はわざと死を知る時間をずらすことで感情的な緩衝地帯を設けているのです。

 もちろんすぐに妻の死を知る可能性はなかったし、実際に知ることもありませんでした。ありていにいえば、「知らぬが仏」なのです。

 もし妻の死をすぐに知らされたのなら、「同じように満たされ」るなんてことはありえません。もしそうであれば、それは精神の異常であり、完全な現実逃避です。この記述を読むだけで、彼の思想的信頼性は大きくゆらぎます。

 (つづく)


それでも人生にイエスと言う 「生きる意味」を求めて (フランクル・コレクション) 夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録 死と愛―実存分析入門 宿命を超えて、自己を超えて
by G-Tools

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『外事警察』は久々に面白い日本のドラマ

NHKではじまった『外事警察』が面白い。

外事とは警視庁公安部外事4課。対国際テロ秘匿捜査の精鋭部隊だそうです。Wikipediaによるとテロ関係は外事3課となっているので、外事4課は実際には存在しないのかもしれません。

主演は渡部篤郎。いつもようにメリハリのないぼそぼそしたしゃべりで暗く演じています。

外事4課主任の住本(渡部)は陰謀に対するのに正攻法で戦うだけでなく、罠も使います。諜報活動のリアルさ、やり方の汚さずるさ、その過程のすべてが面白く、見せてくれます。渡部のぼそぼそとしたしゃべりが裏組織に似合っています。

新たに外事に配属されて実地研修で送られてきた松沢(尾野真千子)は反発しながらも、なんとか任務をこなします。住本には「帰ってもいいぞ」といわれましたが、次回もおそらく外事にいることでしょう。特殊任務につくことへの魅力とそこで行われる裏工作や罠などへの嫌悪との矛盾に悩みながらも。

尾野真千子は映画のクライマーズ・ハイにも出ていました。鼻っ柱の強そうな役が似合う若手女優です。

他の出演者もいい演技をしています。全体にシリアスなつくりで緊張感があります。例外はロシアの外交官と官房長官。

ロシアの外交官の日本語がたどたどしすぎて、いきなり緊張感が途絶えます。

余貴美子が演じる官房長官はなぜか声が鼻にかかっています。木で鼻をくくったようなしゃべりかたといい、おそらく田中真紀子を意識しているのでしょうが、私は幸田シャーミンを連想しました。

初回のストーリーはなかなかよかったです。話はどんどん大きくなっていくようですし、残りも期待できます。

再放送の予定は今のところないようですが、とりあえず2回目からでも鑑賞をお勧めします。全6回。

『ハゲタカ』以来の日本ドラマの傑作の登場かもしれません。

NHK:外事警察のページ

↓原作です。
外事警察
4140055650

テーマ : ドラマ感想
ジャンル : テレビ・ラジオ

『面接力』 梅森浩一

面接力 (文春新書)
4166604147


 就職における面接について、おもにその心得について書いた本です。

 著者はコミュニケーション能力、対話力を重視していますが、しかしよほど対人的な勘のいい人でないと活用できそうもないアドバイスが多いのも特徴です。自分の対話のスタイルを持つなんてことは学生にそう簡単にできる芸当ではありません。

 自分の能力をうまくアピールする方法と同時にネガティブなことはいっさい隠すようにとアドバイスしているのが印象的でした。著者は面接担当者はいかに落とすためのネタを探しているかを熟知しているからです。ほかにも経験豊富な筆者ならではの知見がいろいろと披露されています。

 新卒での就職の話が中心ですが、転職、リストラ対策なども扱っています。

 具体的な作業方法やメソッドを教えるよりも考え方が中心ですから、もともと頭のいい人が読めば活用できそうですが、そうでない人ははたしてどうかと思わざるを得ないところがあります。

 具体的で細かなアドバイスがほしい人はいわゆるハウツー本を読んだ方がいいでしょう。


逆面接―質問するから騙される MBA式 面接プレゼン術 ロジカル面接術 2010基本編 「クビ!」論。 (朝日文庫) 採用力のある面接―ダメな面接官は学生を逃がす (生活人新書)
by G-Tools

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『漢和辞典に訊け!』 円満字二郎

漢和辞典に訊け! (ちくま新書)
4480064621


 元漢和辞典の編集者が語る漢和辞典の魅力。

 家にあっても漢和辞典ほど使わない辞典はめずらしいでしょう。漢和辞典は特別な理由がない限り引かないものだし、実用性も感じません。本書を読むとその理由がよくわかります。

 筆者の意図とは別に、あらためて漢和辞典の引きにくさを実感し、実用レベルでの知りたいことが書いてあるわけでもないことも再認識しました。

 もちろん本書を読んで漢和辞典の奥深さに目覚める人もいるでしょうし、知的刺激を受ける人もいるでしょう。しかし「よーし漢和辞典を引きまくってやるぞ」と思う人はいるにしても、それは一時的なもの。実際にそれを実行する人はまずいないでしょう。

 やはり距離を感じてしまうのです。

 本書を読めば、漢和辞典の奥深さを知ることになりますが、あえて近づく必要もないことも再確認できます。また、漢和辞典といえども、漢字のすべてがわかるわけではないことにも気づかされます。

 漢字の成り立ちについてはわからないことが多く、起源についての説は、あくまでもひとつの説です。

 本書に書かれているわけではありませんが、おそらく白川静の説なども氏の想像、類推であって、さほど根拠のある話ではなさそうです。まことしやかな解釈であっても科学性はまったく感じません。そもそも根拠を示していないでしょ。

 漢字は面白いけれど、本当はよくわからない。そういうものです。

 もし漢和辞典を引く機会があれば、本書のことを少し思い出してみよう。そんな程度のことは思いました。


昭和を騒がせた漢字たち―当用漢字の事件簿 (歴史文化ライブラリー 241) 旧字力、旧仮名力 (生活人新書) 日本人の生命観―神、恋、倫理 (中公新書) 古典文法質問箱 (角川文庫ソフィア) 人類が生まれるための12の偶然 (岩波ジュニア新書 626)
by G-Tools

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

太宰治の人格のくだらなさと『斜陽』

ETV特集『「斜陽」への旅 ~太宰治と太田静子の真実~』の再放送を見て、太宰治は卑怯な男とつくづく思いました。

没落貴族の太田静子の小説はどうもダメだと見切った太宰は彼女に身近なことを記せと日記を書くことを命じます。これは、いつかその日記を小説に使えないかと考えた太宰の作家としての深慮だったようです。

疎開先の津軽にいる太宰と下曽我の山荘にいる静子との間に手紙のやりとりがはじまります。手紙に使った原稿用紙の欄外に「コヒシイ」と書く太宰。たわむれなのか、本気なのか。はたまた打算なのか。

売るものもなくなり生活に困った静子が書いた手紙は、愛人になれるかと打診するユーモアと切実さのない交ぜになったものでした。

しかし太宰の返事はどっちつかず。生活のことは心配するなといいながら、あまり踏み込んではいません。静子は状況は決定的にするために「赤ちゃんが欲しい」と手紙に書きます。及び腰になる太宰。そんな半端なら「お別れいたします」と脅す静子。

結局、太宰は日記を手にするかわりに静子を抱き、妊娠させることになります。

このあたりの駆け引きの真相はどういうものだったのでしょう。太宰は斜陽という小説のために子どもが生まれてもやむなしと考えたのかもしれません。しかし、静子はどうだったのでしょう。本当に愛人として生きるつもりだったのか。やがて別れることになっても子どもが欲しかったのか。静子の場合も愛か打算かよくわかりません。

後に、娘の治子(このとき授かった太宰の子)には「芸術のために、あなたは生まれたのだ」と説明したそうです。太田治子は「二人とも芸術至上主義者だったから」といっていますが、いささかごまかしが入った解釈であるように感じます。

静子の妊娠を知った太宰は「君はいいことをした」といい、「一緒に死ねなくなった」ともいいます。

その後、太宰は静子に連絡することもなくなり、距離をおきます。会いに来た静子に冷たく、二人きりになろうとしません。太宰は静子を肖像画を書き、泣いているような悲しい姿を絵にして彼女に渡します。

以後、二人は会っていないそうです。もちろん赤ん坊にも会っていません。

子どもが生まれると静子の弟が認知を申し出て太宰は自分の仕事場でこう書きます。

この子は
私の可愛い子で
父をいつでも誇つて
すこやかに育つことを念じてゐる


子どもには自分のペンネームの一文字を与え「治子」と命名しています。この仕事場には一緒に心中することになる山崎富栄がいました。

子どもができていなければ、太宰は静子と心中したのでしょうか。その可能性は大いにあります。

このあたりの流れは小説以上に小説的です。虚構と現実がないまぜになったような不思議な印象を受けます。山崎富栄の日記も残っていて、晩年の太宰をめぐるネタはつきません。

斜陽には静子の手紙が使われ、ほぼ原文のままに引用された箇所もいくつかあるそうです。もちろん全体から見れば、ごくわずか。やはり素材にすぎません。しかしきわめて重要な素材です。

それにしても太宰の手のひらを返したような変わりようは不思議です。日記を手に入れ、用がなくなれば、さようなら、そういうつもりだったのでしょうか。やはり太宰はそんな人間なのでしょうか。

斜陽の主人公はこんな手紙を書いて、愛人関係にあった作家に別れを告げます。

どうやら、あなたも、私をお捨てになったようでございます。いいえ、だんだんお忘れになるらしゅうございます。
 けれども、私は、幸福なんですの。私の望みどおりに、赤ちゃんが出来たようでございますの。私は、いま、いっさいを失ったような気がしていますけど、でも、おなかの小さい生命が、私の孤独の微笑のたねになっています。


おれはお前を捨てたけど、お前はおれの子を得て幸せなんだ、と虫のいいことをいっているようにも聞こえます。

あなたが私をお忘れになっても、また、あなたが、お酒でいのちをお無くしになっても、私は私の革命の完成のために、丈夫で生きて行けそうです。
 あなたの人格のくだらなさを、私はこないだも或るひとから、さまざま承りましたが、でも、私にこんな強さを与えて下さったのは、あなたです。私の胸に、革命の虹(にじ)をかけて下さったのはあなたです。生きる目標を与えて下さったのは、あなたです。
 私はあなたを誇りにしていますし、また、生れる子供にも、あなたを誇りにさせようと思っています。


よくこんなことが書けたものだと思います。

娘の太田治子は最近『明るいほうへ』を上梓して、静子の言葉を伝えています。静子は太宰のことを正直な人、素直な人だとメモに書いています。確かにそうかもしれません。用がなくなれば正直に捨てたのだし、感情に素直に冷淡にもなれました。

しかし、捨てられた事実をどう捉えていたのでしょうか。死ぬつもりの太宰は自分と距離を置いたのだと考えたのでしょうか。

静子は前向きでストレートな人ですから、捨てられた事実にはこだわらなかったのかもしれませんが、太宰と離れた当時の気持ちを知りたくなります。

裏事情がどうあれ『斜陽』は間違いなく日本文学の傑作です。太宰の人格のくだらなさがどれほどのもであっても、作家としての才能はまったく疑う余地がありません。

斜陽 (新潮文庫)
4101006024


明るい方へ 父・太宰治と母・太田静子

明るい方へ 父・太宰治と母・太田静子
回想の太宰治 (講談社文芸文庫 つH 1) 心映えの記 (中公文庫) 恋の蛍 山崎富栄と太宰治 漱石の長襦袢 文芸別冊太宰治 (KAWADE夢ムック 文藝別冊)
by G-Tools


テーマ : ドラマ感想
ジャンル : テレビ・ラジオ

映画 『クライマーズ・ハイ』

クライマーズ・ハイ [DVD]
B002MTS3VU


 御巣鷹山の日航機事故を取材する架空の新聞社、北関東新聞を舞台に展開する(ほぼ)男たちのドラマです。

 それにしても、なんという殺伐とした職場。ギスギスした人間関係。いつ殴り合いが始まってもおかしくない雰囲気。これだけ高ストレスの職場にいたら、普通の人は1週間と持たないのでしょう。見ているだけで胃が痛くなりそうです。

 でも、実際の新聞社がこれほどキツイとは思えません。日経新聞社に仕事の打ち合わせで行ったときは、もっと普通の職場でした。もっともそのとき、大きな事件があったわけでもなく、私は生活欄の担当者と会ったので、のんびりしていたのかもしれませんが。

 ともかくこの職場の雰囲気に圧倒されますが、事件が事件だけに取材記者はもうボロボロ。スーツ姿で山を登り降り、連絡手段がなくて、電話を探しまくる。

 キャップの堺雅人のヨレヨレぶりが見物です。山に登ったもう一人は現場の惨状にショックを受けて発狂してしまうし。

 主役は、日航機事故担当全権デスクとなる悠木和雄。演じるのは堤真一。彼が部下や上司との葛藤の中で仕事を進める姿がストーリーのメインとなります。

 悠木のプライベートもからめてストーリーは進みますが、プライベート部分は丁寧に描かれていないし、詳細もよくわかりません。中途半端ですね。

 悠木とやりあう部長、次長クラスの人たちの濃さといったらありません。絶対に付き合いたくないタイプの人たちばかりです。 
 
 そのほか、社長、販売部長ともう最悪の人間たちがこれでもかこれでもかと登場します。

 ほとんどいやがらせですよ、これは。

 しかし、所詮は他人事、どんなに最悪の職場でも、私には関係なし。映画として面白いです。

 残念なのは、なんで「クライマーズハイ」なのか、ということ。なんで山登りが重要そうな背景となっていて、このタイトルをつけたのか。よくわかりません。仕事もきついとハイになるということでしょうか。

 過労で死んだ安西(高嶋政宏)の存在も原作ではきっともっと意味があったのだろうと思います…。

 ちなみに、NHKのドラマでも「クライマーズ・ハイ」をやっていました。こちらは佐藤浩市が主演。ハゲタカの大森南朋も出ていました。amazonではNHKドラマ版の方が評価が高いです。

 ちょっとネタばれになるかもしれませんが、この映画はアンチクライマックスです。一番盛り上がって感動するはずの場面で、ずっこけます。歓喜のラストを期待してはいけません。

 これがハリウッド映画なら、間違いなく「スクープ取ったどー、やったぜ悠木ちゃん」となります。原作を捻じ曲げてもやります。それをやらない日本映画はやっぱり世界のマイナー。よく言えば、原作を大切にする良心的な作り。でも映画的にはこれでよかったのでしょうか、疑問です。

↓テレビ版もいいです。
クライマーズ・ハイ [DVD]
横山秀夫

クライマーズ・ハイ [DVD]
クライマーズ・ハイ デラックス・コレクターズ・エディション [DVD] チルドレン [DVD] キャッチボール屋 [DVD] ハゲタカ DVD-BOX クライマーズ・ハイ [DVD]
by G-Tools

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

『ウェブはバカと暇人のもの-現場からのネット敗北宣言-』 つづき

 著者はニュースサイト編集者ですからアクセス数には敏感です。どんな記事や企画が受けるかについては経験豊富なようです。

ネットでウケるネタ

(1)話題にしたい部分があるもの、突っ込みどころがあるもの
(2)身近であるもの(含む、B級感があるもの)
(3)非常に意見が鋭いもの
(4)テレビで一度紹介されているもの、テレビで人気があるもの、ヤフートピックスが選ぶもの
(5)モラルを問うもの
(6)芸能人関係のもの
(7)エロ
(8)美人
(9)時事性があるもの


 「突っ込みどころがあるもの」というが面白いですね。コメントやトラックバック、ブログや2chなどで、突っ込むのでしょうが、いかにもインターネット的な特性が表れています。

 「モラルを問うもの」も意外なような、納得のような。人はどうも善し悪しには一家言あるようです。納得できなければ、何か言いたくなるでしょうし、論理と違って倫理は根拠を示さなくてもいいですから。

 最後はネットでユーザーを囲い込んだり、広告を打ちたいと思っている企業に対して。


企業がネットでうまくやるための5箇条

1.ネットとユーザーに対する性善説・幻想・過度な期待を捨てるべき
2.ネガティブな書き込みをスルーする耐性が必要
3.ネットではクリックされてナンボである。かたちだけ立派でも意味がない。そのために、企業にはB級なネタを発信する開き直りというか割り切りが必要
4.ネットでブランド構築はやりづらいことを理解する
5.ネットでブレイクできる商品はあくまでもモノが良いものである。小手先のネットプロモーションで何とかしようとするのではなく、本来の企業活動を頑張るべき


 このアドバイスにより、逆に企業がネットに対してもっているイメージが過大なものであることがわかります。

 強制的に送られるテレビ広告とは違って、クリックによって引き込む必要のあるネットとの違いも、うまく捉えています。

 本書はGoogleについて触れていないのですが、検索連動型広告がGoogleに独占されている状況では、「キーワード」とはまた違ったアプローチでのマーケティングが必要なようです。


ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)
4334035027

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『ウェブはバカと暇人のもの-現場からのネット敗北宣言-』 中川淳一郎

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)
4334035027


 ニュースサイト編集者である中川氏がネット利用者の多くはバカと暇人であると断定し、それなりの付き合い方を論じています。

 ネットで価値あるものが生み出されていくWeb2.0が成立するのは、利口なユーザーが集まる「頭の良い人」の世界のこと。ほとんどがバカと暇人であるネットでは、そんな生産的で意義あるものは作れないと著者はいいます。彼らにとってはネットは暇つぶしの道具なのだから、そんなに期待せずに、ネット利用者の生態を理解して、うまく利用していこう、と。

 どういう人がどういう利用の仕方をするかは、システムや運営の仕方によるのではないかと思いますが、著者の言うこともそれなりに当たっていそうです。本書には過去のネット上の事件や不祥事やらがいろいろと紹介されていて、よくもまあこれだけ面白くもあり、バカらしくもある出来事がネットでは次から次へと発生するものだと感心します。

 私としては具体的に何割の人がそんなことをしているのか、ネットでバカをする人と頭の良い人は重なるのではないか、ということが気になりますが、ここではそういう疑問はさておいて、著者の体験から得られた提言やアドバイスを聞いてみましょう。


 ネットで叩かれやすい10項目

(1)上からものを言う、主張が見える
(2)頑張っている人をおちょくる、特定個人をバカにする
(3)既存マスコミが過熱報道していることに便乗する
(4)書き手の「顔」が見える
(5)反日的な発言をする
(6)誰かの手間をかけることをやる
(7)社会的コンセンサスなしに叩く
(8)強い調子の言葉を使う
(9)誰かが好きなものを批判・主張する
(10) 部外者が勝手に何かを言う



 ことの良し悪しは別です。批判されてしかるべきかは問題ではありません。こういうものは叩かれやすいと言う著者の経験則です。

 なるほどと思わせるものが多いです。でも、(4)はどうでしょうか。検索されて過去の発言と比較されると困るとか書いてますが、それはちょっと別のような。

 ここにあげられた特徴を総合するとなかなか面白い人物像が浮かび上がります。マスコミ嫌いなのに付和雷同、右翼的なのに反権威的。はっきりした矛盾ではありませんが、相反的な性格が描かれています。(反日を嫌うから右翼的というのは正しくないですね。うまい表現が見つからなかったので、とりあえずこのままにしておきます)

 もちろんすべての書き込みが同一人物のものではありませんから、ひとつの人物像と考えるのは無理があります。漠然と、ネット大衆なるものの傾向と考えておきましょうか。


(つづく)

僕が2ちゃんねるを捨てた理由 (扶桑社新書 54) 600万人の女性に支持されるクックパッドというビジネス (角川SSC新書) インターネットが死ぬ日 (ハヤカワ新書juice) グーグルに依存し、アマゾンを真似るバカ企業 (幻冬舎新書) 新世紀メディア論-新聞・雑誌が死ぬ前に
by G-Tools

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

プロフィール

Cozy

Author:Cozy
情報処理系講師、フリーライター。減速生活者にしてB級遊民。

Twitterはcozyoffです。
TwilogはCozy(@cozyoff)です。

当ブログへのリンクはご自由に。

名言集および格言集
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。