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科学的に見た閑適の効用

 現代の科学は閑適の思想をどう考えるでしょう。はたして支持してくれるでしょうか。

 長時間の労働や緊張がストレスを生み、病気の原因になることはよく知られています。カナダの生理学者、ハンス・セリエが1936年にイギリスの『ネイチャー』誌に「各種の有害要因によって引き起こされる症候群」という論文を発表します。これが「ストレス学説」が世に知られる最初となりました。 ストレスがかかると、体にある一連の症候群が起こるとセリエは主張しました。

 今ではストレスが、うつ病、胃・十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群、虚血性心疾患、自律神経失調症など多数の病気を引き起こすことがわかっています。

 ストレスの原因をストレッサーといいます。暑さ、寒さ、騒音、化学物質、地震などの天災は物理化学的ストレッサー。病気、怪我、疲労、睡眠不足、細菌、ウイルス、寄生虫などが生物学的ストレッサー。人間関係、精神的な苦痛、職場環境、学校環境、結婚、育児、離婚、昇進、失恋などは社会的精神的ストレッサーと分類できます。

 現代日本の労働現場でとくに問題になるのは、疲労、睡眠不足、人間関係、精神的な苦痛、職場環境などでしょう。

 そしてこれらのストレスに対する一番の薬は休息でありリラックスです。ゆったりした気持ちで毎日を過ごすことができれば、ストレスが原因の病気にはなりません。つまり閑適こそが妙薬なのです。

 驚くべきことに、人間にはもともと活動量が決まっていて、それを使い切ったら終わりだという説もあります。

 「どんな生物でも(人間もむろんです)エネルギーでバンパンに膨らんだパックパックを背負って生まれてきます。この生命力は体重1gあたりのカロリーによって決まります。エネルギーをつかい果たせば、命が尽きます。」(『なまけることの幸せ』

 この説にしたがえば、私たちが働けば働くほど、命はすり減ります。人々に働く美徳を教える勤勉主義、労働至上主義は恐るべき死の思想です。かつて左とん平は「人生はすり鉢だ、俺たちはすりこぎだ」と労働者の悲哀を歌いました。(『とん平のヘイ・ユウ・ブルース』)どうやらあれは真実だったようです。

 私たちが長生きするには、物質代謝を押さえなければなりません。「物質代謝をおさえてエネルギーを節約する行動は、のんびりと、どんな状況にも冷静であることです。チャンスがあれば、なまけることやブラブラすること」です。

 ダウンシフターやスローライフは活動過剰の現代の生活に身の危険を感じた人類が示す生物的な防衛反応なのかもしれません。

なまけることの幸せとん平のヘイ・ユウ・ブルースストレス解消



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テーマ : 健康生活!
ジャンル : ライフ

ほどよく隠れて生きる

 二十九歳で科挙(中国の官僚の登用試験)の進士科に合格して以降、エリートコースを歩んできた白居易は四十四歳で江州司馬に左遷されます。仕事は閑職。ほとんど働かずとも収入が得られます。もともと閑適を愛する白居易はこの安寧を楽しむことができました。この閑適の気持ちよさこそ自分の帰るべき故郷だといいます。

 もともと向上心が強く、官僚としての出世を願っていた白居易としては多少の強がりも混ざっていたでしょう。「故郷が長安だけであろうはずはない」という部分に中央への未練が読めます。

 しかし、閑適を好む傾向は晩年になるにつれて強まっていきます。やがて中央に戻った白居易は再び出世街道を突き進み、刑部尚書(法務大臣)にまで登りつめますが、閑適を歌った詩はかえって増えていきます。

 白居易は晩年に太子賓客分司東都という名誉職についています。これもかなりの閑職だったようです。このときの自分の生活を「中隠」と呼んで、詩を作っています。長いので最初の部分だけを訳出しておきましょう。


   中隠

 大隠は町の中に住み、
 小隠は丘の陰に入る。
 丘の陰はとても寂しく、
 町中はとてもやかましい。
 それよりも中隠となって
 うまく隠れながら閑職につく方がいい。
 仕事に出るでもなく、隠遁するでもなく、
 忙しくもなく、まったくの閑でもない。
 心と力を疲れさせないし、飢えと寒さもない。
 一年中、公務はないのに、
 月ごとの給料は出る。

 なぜ町中にいる方が大隠で山に隠れるのが小隠なのでしょう。普通に考えると、逆です。隠遁者は人里を離れて山の中に草堂をむすび、瞑想をするなど修行をするものです。しかし、すでに悟りに達しているのであれば、俗事に心を乱されることはないので山林に隠れる必要はありません。町の中に住んでいても隠でありえます。この一節は日本でも「大隠は市に隠る」という諺となって残っています。

 白居易はその中間がいいといいます。ほどよい田舎に住み、閑職につく。そこで悠々自適に暮らすのが「中隠」。そんなうまい話はめったにないでしょうが、ひとつの理想ではあるでしょう。(こんなことを日本の公務員にやられたら、許せません…)

 七十五年の長い生涯にあって、官僚生活に忙殺される期間はあったにしても、多くの時間を安穏と暮らすことができた白居易はじつにうらやましい存在です。ただ私であればもっと若い時期にさっさと引退してしまったことでしょう。そのあたり白居易の出世への志向の強さを感じます。

 二人の詩人だけを取り上げましたが、中国には閑適を歌った詩は多くありあす。定番の詩題といえます。漢詩は日本人の教養でもあったわけですし、日本の漢詩人も多く存在します。だからこそ閑適は日本人にもなじみの感覚であり、憧れであったのです。

 かつての日本人は今よりもずっとのんびり暮らしていました。江戸時代の武士は暇すぎるほど暇であったし、江戸の庶民もたっぷりある時間をうまく楽しんでいました。閑適を愛すのはなにも特別なことではありませんでした。一部の虐げられた人たちをのぞけば、日本人の働きすぎが指摘されるようになるのは戦後の高度成長期以降のことです。その起点は明治政府の富国強兵と殖産興業にあったにしても、たかが百数十年のことに過ぎません。

 ちなみに漱石もまた多くの漢詩を残しています。大正五年八月に書かれた「無題」とする漢詩の一節に「去来を賦せんと欲して未だ田を買わず」とあります。賦とは感じたことをありのままによむ詩のこと。つまり「陶淵明のように帰去来の辞を書こうと思っているが、まだ耕すべき田を買っていない」という意味です。漱石はこの年の十二月九日に胃潰瘍で亡くなっています。四十九歳でした。

 神経衰弱や胃潰瘍に苦しみ続けた漱石ももっとゆったりとした生活をしていれば長生きできたかもしれません。が、子どもが六人もいたのでは、そうもいかなかったのでしょう。一家を支えなければならない責任がまじめに考えすぎる漱石に重くのしかかっていました。

白楽天100選 (NHKライブラリー―漢詩をよむ (129))文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし

漢文の素養 誰が日本文化をつくったのか? (光文社新書)
漢文の素養   誰が日本文化をつくったのか? (光文社新書)

テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

朝寝は健康にいい

 もう一方の閑適詩人の雄といえば唐代の白居易(白楽天)です。白居易の詩集「白氏文集」は「諷諭詩」「閑適詩」「感傷詩」「雑律詩」の四つに分類されています。「諷諭」とは政治批判、社会批判の詩のことです。「雑律詩」はその他という意味です。日本では「閑適詩」と「感傷詩」が愛好されています。

 白居易の数ある詩の中でも「香炉峰下、新たに山居を卜し草堂初めて成り、偶々東壁に題す」が最も好まれている閑適詩です。清少納言の『枕草子』にもこの詩にかかわるエピソードが出てきます。白居易の詩がいかに日本人の教養として定着していたかがわかります。ここでも訳出した上で全体を引用します。

   香炉峰のふもと 山住まいのための草堂を建てて、たまたま東の壁に題す

 日は高く眠りは足りているのに、起きるのはなお物憂い。
 小さな家で布団を重ねているので寒さを恐れることはない。
 遺愛寺の鐘の音は枕をかたむけて聴き、香炉峰に積もる雪はすだれをあげて見る。
 ここ匡盧は名声から逃れるによい土地だ。
 司馬は老後を送るのにふさわしい官職だ。
 心安く身が安寧であればこれこそ私の帰るところ。
 故郷が長安だけであろうはずはない。


 香爐峰下新卜山居草堂初成偶題東壁

 日高睡足猶慵起
 小閣重衾不怕寒
 遺愛寺鐘欹枕聴
 香爐峯雪撥簾看
 匡廬便是逃名地
 司馬仍為送老官
 心泰身寧是帰処
 故郷何獨在長安

 白居易はたっぷり眠った後も暖かい布団の中にとどまっています。ぬくぬくとしたままに鐘の音を聞き、雪山を見ています。なんともゆるやかで静かな時間です。

 こんなに怠惰な生活をしていたら、心身に悪いのではないかと心配になりますが、朝寝は体によくて、早起きは体に悪いという研究があります。

 「ロンドンのウエストミンスター大学の学者は、遅くとも午前七時二〇分までに起きなければならない人々の唾液を採取し、ストレスホルモン、コルチゾン値を検査しました。すると朝寝妨できる人々とくらべてかなり数値が高かったのです。」(ペーター アクスト、ミヒャエラ アクスト・ガーデルマン『なまけることの幸せ』集英社)「早起きに伴うストレスは一日中残るばかりか、健康に悪い影響を及ぼす、と報告されています。」(同)

 どうやら「早起きは三文の得」ということわざは、勤勉主義を広めるためのスローガンだったようです。だまされてはいけません。

 睡眠、入浴、食事などの1次活動も時間をかけて楽しめば閑適の楽しみとなります。日常の些細な行いも時間に追われて急いですませるのと、たっぷりある時間の中でリラックスして行うのではまるで別の体験です。白居易の心境は、満員電車にすぐに飛び乗らなければならない平日とゆっくりしていられる週末の朝との違いを思う浮かべればわかりやすいでしょう。

枕草子 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)白楽天100選 (NHKライブラリー―漢詩をよむ (129))

なまけることの幸せ
なまけることの幸せ

閑適のうた―中華愛誦詩選 陶淵明から魯迅まで (中公新書)

詩人と人生 閑適の巻 (NHKシリーズ NHK文化セミナー・漢詩をよむ)

テーマ : **暮らしを楽しむ**
ジャンル : ライフ

至福の生活態度としての閑適

 自由時間そのものに積極的な価値を見いだし、のんびりと何もしない時間に憩うことは、けっして特異な生活態度ではありません。たとえば中国には閑適思想というものがあって、閑を楽しむことはひとつの文化となっています。古い中国の詩である漢詩を読めば、そのような生活態度がいろいろな形で現れてきます。

 漢詩人としては東晋時代の陶淵明が閑適思想の代表です。漱石は『草枕 』の中で陶淵明の「飲酒 其の五」の有名な一節、「採菊東籬下 悠然見南山」を王維の詩とともに引用しています。陶淵明の「帰去来辞」を揮毫(きごう)した漱石の書も残っているところを見ると、陶淵明は漱石が深く愛した詩人なのでしょう。

 この短い引用だけでは雰囲気が伝わらないので、訳出した上で全体を引用しておきます。

   酒飲みの歌 その五

 さすがに山中に隠れることはできず、人里に粗末な家を構えた。
 しかし役人の乗る馬車のやかましい音はしない。
 どうしてそんなことがあるのかとお尋ねか。
 心が遠く世俗を離れれば、住んでいる場所がそのまま隠遁の地となるのだよ。
 家の東の垣根のもとに咲く菊を摘み、
 南の山を悠然と眺める。
 山の気は夕方にすばらしい。
 鳥たちが一緒に飛んで、ねぐらに戻ってくる。
 こうした風景の中に本当がある。
 それをうまく言おうと思うのだが、もう言葉も忘れてしまった。


 飲酒 其五

 結廬在人境
 而無車馬喧
 問君何能爾
 心遠地自偏
 採菊東籬下
 悠然見南山
 山気日夕佳
 飛鳥相與還
 此中有真意
 欲辨已忘言

 陶淵明は四十一歳のときに都合十三年にわたる官僚生活をやめて故郷に戻り、農耕生活を始めています。今ならさしずめ官僚生活をドロップアウトしたダウンシフターです。雑誌などで田舎暮らしのスローライフをはじめた元官僚とでも紹介されるそうな経歴です。

 陶淵明は農耕生活のかたわら閑があれば、書を読み、琴をもてあそび、酒を飲みました。「飲酒」はそうした晴耕雨読の生活からうまれた作品です。

 閑適とはたんに暇があることを指す言葉ではなく、ゆったりした時間の中でリラックスしていることを意味します。広辞苑では「(閑静安適の意)しずかに心を安んずること」となっています。この詩はまさにそうした気分があふれています。

 たっぷりある時間の中で自然に接している詩人は、真実はこうした閑適の生活の中にあるのだといいます。しかも「飲酒」というタイトルからすれば、陶淵明は酒を飲んでほろ酔い気分でいます。なおのこと言葉を忘れたことでしょう。

 陶淵明の詩の中で閑適と対比されているのは、官僚生活です。忙しく気苦労ばかりが多い官僚生活を陶淵明は嫌っていました。家族の窮乏を救うためにしかたなく仕官することもたびたびありましたが、つねに故郷での農耕生活、自然の中での閑適を夢見ていました。

 四十一歳で官僚生活をやめるきっかけとなった出来事というのが面白い。ある日、陶淵明が勤める役所に巡視官がやって来ることになりました。役人が陶淵明に正装して迎えるように指示すると、「五斗米(わずかな給料)のために腰を折って、田舎の子どもに接することはできない」と辞職してしまいます。

 変にプライドが高く、なんとわがままな、とも思いますが、辞職するためのきっかけとして利用したようにも見えます。望郷の念を募らせていた陶淵明にしてみれば、渡りに船の出来事だったのではないでしょうか。

 このときの作品が有名な「帰去来の辞」です。「さあ帰ろう。ふるさとの田園はまさに荒れようとしている。帰らないわけにはいかないだろう」ではじまるこの作品は日本で最も愛されている漢詩のひとつです。

 本当のところ陶淵明の生活にどれほど自由時間があったのかわかりません。農作業が大変だと書いている詩も多いし、その一方でのんびりと過ごしている閑適の詩もあります。農繁期と農閑期による違いが大きいでしょうし、たとえ農繁期であっても基本的には太陽が出ている朝から夕方までしか働けないのですから、現代のような深夜残業が続く長時間労働などはありえません。そう考えると陶淵明を閑適詩人の代表と捉えてもそう間違ってはいないでしょう。

草枕 (岩波文庫)草枕 (新潮文庫)

『陶淵明全集〈上〉 (岩波文庫)』 『陶淵明全集〈下〉 (岩波文庫)』

陶淵明 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)漢詩をよむ陶淵明詩選―「田園詩人」陶淵明の生涯と作品 (NHKライブラリー 222)

テーマ : **暮らしを楽しむ**
ジャンル : ライフ

自由時間を持たない者は奴隷である

 B級遊民は、自由時間を愛しています。なるべく多くの自由時間を求めます。そして自由時間の中で憩い、暇な時間を楽しむことを望みます。のんびり生きるということです。リラックスをして生きたいということです。これがもっとも基本的な生活信条です。

 では、自由時間と何でしょうか。

 総務庁の「社会生活基本調査」では国民の生活活動を3つに区分しています。1次活動の「睡眠、食事など生理的に必要な活動」、2次活動の「仕事、通勤など社会生活を営む上で義務的な性格の強い活動」、3次活動の「余暇活動など各人の自由時間における活動」です。それぞれに費やす時間を1次活動時間、2次活動時間、3次活動時間と呼びます。

 ここで定義されている3次活動時間が自由時間です。睡眠や食事の時間はふくみません。洗顔、入浴、身支度、化粧などの身のまわりの用事の時間もふくみません(これらは1次活動です)。通勤や仕事の時間もふくみません。家事、介護・看護、育児、買い物の時間もふくみません(これらは2次活動です)。その残りの時間が自由時間です。

 自分が好きな活動のために振り分けられる時間。好きなように処分してよい時間。だからこれを可処分時間ともいいます。

 『それから』の代助はこの自由時間が誰よりも多い。なにしろ働かずとも生活費が入ってくるのですから、労働のための2次活動時間は存在しません。実家に生活費をもらいに行くための時間を通勤時間ととらえてもよいですが、毎日のことではないのですから、無視できるほどの短時間です。

 自分が養っている家族もいないので家族サービスの時間なども必要ありません。家事労働も婆さんと書生がやってくれます。なにかの残り時間というよりも食事や睡眠以外のほとんどすべてが自分のために使える自由時間です。さすがは真性の高等遊民というべきでしょう。

 ちなみにニーチェはこのように書いています。「あらゆる人間はあらゆる時代と同様に、今でもまだ奴隷と自由人とに分かれている、なぜなら、自分の一日の三分の二を自分のためにもっていない者は奴隷であるから。そのほかの点では、たとえ彼が政治家・役人・学者など何者であろうとしても同じことである。」(『人間的、あまりに人間的』)

 すさまじいほどの自由時間主義です。眠る時間を含めるとニーチェの基準を満たすことはできないので、起きている時間だけを考えるとしましょう。睡眠時間を7時間とすると、起きている時間は17時間。自由時間として確保すべき三分の二は11時間強です。残りの6時間弱で、食事やお風呂、労働などを振り分けなければなりません。食事やお風呂など生活に必要な時間が3時間かかるとすると、労働時間は3時間弱。週休二日に換算するにしても一日の労働は4時間に抑えなければなりません。それ以上働く人は奴隷なのです。しかも家庭サービスも地域活動もいっさいなしでこの時間ですから、こうした時間も含めれば労働時間は2時間くらいになるでしょう。ニーチェ、恐るべし。

 しかし、ニーチェは食事時間などを自分の時間と考えていたかもしれません。これとは違う計算であった可能性もおおいにあります。

 B級遊民も自由時間至上主義者ですが、必要最小限は働かなければなりません。何時間働くかは人それぞれでしょうし、さまざまなタイプのB級遊民がいてしかるべきですから、何時間以下ならB級だとかの定義はしません。家事も自分でせざるを得ないことも多いでしょう。これも有閑階級ではないのだから仕方ありません。しかし、なるべく自由時間を確保することを考えるのがB級遊民です。

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4 モラリストとしてのニーチェ

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プロフィール

Author:Cozy
情報処理系講師、フリーライター。減速生活者にしてB級遊民。

Twitterはcozyoffです。
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